9.【R-18】蠱毒の森(約2500字)

2015年04月09日 10:54
(注意)描写ほぼないですが食人です。
趣味全開で好きなように書いたら気持ち悪いものが仕上がりました。
Rはちょこっと。一応ローサンと言い張る。
 
 
 
 
 
 深い森の中、一体いつ迷ってしまったのか。右も左もわからぬまま、気がつけば奥へ奥へと誘い込まれる。
 辿り着いたのは大きな洋館。古めかしい作りに外壁は蔦が這い、どうにも人の気配が感じられなかった。
 おそらく天使を模したのであろうが、趣味の悪い人の顔をした真鍮のドアノッカーを、強めに4回打ち鳴らした。返事はない。大仰な扉を押し付けると、軋んだ音を響かせながら内に開いた。暗く、やはり人の気配に乏しい。
 どうしてだろう、いつもはこんな怪しげな建物に足を踏み入れることなどないのに。何かに招かれるように体が動いた。
 背後で扉が勝手に閉まる。だがそんなことはどうでもいい程に、屋敷に入り込んでから自身を支配する感情があった。

『腹が減った』

 それに気付かされたのは、屋敷中に漂う料理の匂いだった。本能のままその根源を探し歩を進める。
 それは案外すぐ近くにあり無遠慮に扉を開け放つと、何十人席につけるかわからないような長テーブルの上に、装飾の燭台と湯気を立てた料理の数々が並んでいた。
 不思議と、それは自分のために用意されたものであるという確信が支配し、何の躊躇いもなく席について料理に手を伸ばしてしまった。通常では考えられない。怪しげな洋館にのこのこ入り込んで、誰が用意したかも分からない食べ物を口にするなどと。
 それでも、手も口も止まらなかった。酷く腹が減り、それはこの料理でしか満たされない。
 何もかもが美味かった。
 気がつけば大量にあった料理を食い尽くしていた。食欲が満たされると途端に冷静になり、なんてバカなことをしたのかと血の気が引く。だが毒を盛られたような痕跡もなく、ただただうまい料理に満足しただけだ。
 大体にして何故こんな所にいるのだと席を立ち、急いで玄関を目指すがどうしても辿り着けない。数多の部屋の扉を開けるが外に通じるものはなく、そうこうして動き回っていたせいもあり、何やら腹が減ったと思うといつの間にか食事をした長テーブルの部屋に辿り着いていた。そこにはまた暖かな食事が並び、その匂いに食欲を支配される。
 普段自分はこんなに食べる方ではないのに、どうしてかここの料理はいくらでも胃に収まってしまう。そうして食べ尽くし、再び出口を探して屋内を彷徨い、また腹を減らしてこの部屋に辿り着き、用意されていた料理を食べ尽くす。そんなことをもう何度繰り返したか分からない。
 とうとう出口を探すことを諦め、食事をするその部屋に留まるようになり、そこで寝起きをするようになった。食事をして眠り、起きるとまた新しい料理が並んでいる。
 眠っている間に誰かがそれを行っているのだろうと、ある時睡魔に逆らって様子を伺うことができた。
 カチャカチャと皿を片付け、新たな料理を配膳するその姿は、金色の料理人だった。下膳の際は真っ黒なスーツで口許には紫煙を棚引かせており、配膳は真っ白なコックコートで楽しそうに鼻歌を奏でていた。
 それがとてもキラキラとしていて、ずっと見ていたくて、傍に来た時に思わずその手を掴んだ。

「次は、起こせ」

 睡魔はとても強烈に意識に蓋をしたがるが、なんとか一言、伝えることはできた。
 金色の料理人は青い目を眇め、

「わかった」

 と柔らかく微笑んだ。
 次から料理人は、部屋を訪れると男を起こし、男は料理人の動く様を見ながら用意された料理を口にした。男が無心に口を動かすのを、料理人は嬉しそうに眺める。

「なぁ、美味いか?」

 料理人はいつもそう聞いてくる。男は頬袋を膨らませながら頷き、料理人は嬉しそうに微笑んだ。
 ここで過ごし始めてもうどれ程経つのかも分からない。ただ美味い料理を食って、眠って、また食うだけ。
 やがて食材が尽き始めたのか、品数は徐々に減っていった。それでも出てくる料理は質を保ち満足感に変わりはない。だがどうしたことか、日に日に料理人は疲弊していく。
 それでも変わらずに問うてくるのだ。

「なぁ、美味いか?」

 と。
 妖艶に笑う料理人こそが美味そうで、とうとう手を伸ばしてしまった。引き寄せ、抱き留め、長テーブルの上の皿を薙ぎ払い、白いクロスの上に押し倒す。乱れた金糸から覗く揺らいだ青に吸い寄せれるように、薄く開いた唇の隙間に舌を差し込んだ。びくりとしてから逃げようとする温度の低い舌を追いかけ、絡め取り、喰む。
 なんと美味であることか。料理人が差し出した料理と同じ味がする。美味くて美味くて、夢中になってその口内を貪った。息つく間もなく味わっていると、苦しげに寄せられた眉根から髪が滑り落ち、前髪に隠れていた片目が露わになった。
 だがそこにあるはずの眼球は姿を隠し、昏い眼窩が底無しの闇を覗かせていた。体の線を辿っていた掌も、右の腿から下が無機物であることに気付く。

「なぁ、美味いか?」

 料理人は綺麗に笑う。

「オレの料理は美味いか?」
「あぁ」

 黒いスーツを一枚づつ剥がし、白い肌を剥き出しにしていく。ごとりと義足を落とす。弾力のある頬に歯を立てた。料理人の体がぴくりと震える。

「腹が減った」

 耳許で囁いて、柔らかな耳朶を喰む。腿だけ残った右足をぐいと押し上げ、晒された箇所に昂った杭を乱暴に打ち込んだ。
 料理人の白い喉が、何かを裂いたような音を立てて仰け反る。ぐいと体を寄せ、空っぽの眼窩に舌入れて掻き回した。料理人は痛みとも恐怖とも歓喜とも分からない悲鳴を上げる。
 喉が乾く、腹が減る、足りない、何もかもが。
 狂ったように腰を打ち付け、料理人から声を引き出そうと必死だった。突き壊すつもりで再奥に到達し、熱い欲をどくどくと吐き出す。汗にまみれた白い胸に額を乗せ、咳き込みながら荒い息をついた。
 さわりと、冷たい指先が頬に触れる。顔を上げると、青白い顔をした料理人がこちらを見ていた。

「美味い?」
「あぁ。だが、足りねぇ」
「食いてぇ奴には、食わしてやる。残すなよ」

 蠱惑の笑みに誘われ、再び深く穿ちながら、その喉笛を喰いちぎった。





 深い森の中、一体いつ迷ってしまったのか。右も左もわからぬまま、気がつけば奥へ奥へと誘い込まれる。辿り着いたのは大きな洋館。
 赤い髪の男は鉄くずでできた義手を伸ばし、真鍮のドアノッカーを4回打ち鳴らした。

 金色の料理人を喰らい尽くした男は、濃い隈の上に浮かぶ金の目を光らせ舌舐めずりをした。
 さて、どうやってもてなしてやろうか。



end