9.【微R】カミソリ

2015年04月07日 14:22
全裸だけどまだやってない…
診断メーカーのお題で[剃刀][伝わらない][「嘘吐かないでよ」]で書きました。
 





 さり さり さり

 横に引いてはいけない。
 少し寝かせた刃は、奥から手前へ。
 皮膚に少し宛てる程度で、軽く移動させる。

 さり さり さり

 太めの毛を断つ、独特の音。
 直刃の剃刀は肌を滑り、その上に白い泡と、黒い残骸を載せる。それを手前に置いたタオルになすり付けた。
 ふう、と双方から漏れる溜め息は、僅かな間であるが緊張感から解放されたからこそ。
 皮膚を引いて張り、再び刃を宛てる。
 少し寝かせた刃は、奥から手前へ。

 ちり ちち ちち

 少しだけ、深く。残したものをすべて刮げとるように。
 ここに何も残さぬように。
 この手で、すべてを奪う。

 ちり ちち ちり

 顎に指を懸け、ついと力を込めると、意図を察して先が上を向く。無防備に曝け出してくる、急所。
 ここに、深く、埋め込んだら。と。
 紅い欲望が滲み出す。

 さり さり ちり

 皮膚に宛てた刃を、上から下へ、奥から手前へ。
 泡を刮げとり、不要な体毛を除外していく。

 ちり ちち ちち

 手応えが、なくなっていく。引っ掛かりが、刃に響く感触が、消えていく。
 微かに残る音は、煙草の先の灯と似ている。

 ちり ちち ちり

 胸から聞こえる、灼け焦げる、音。
 この刃を、脈打つそこへ押し当て、真一文字に引いたのなら。

 ぴくり、と、乗り上げて下敷きにした体から緊張が伝わった。

 ちり

 いつもいつも。
 深紅の欲望がオレを真っ黒に焦がす。
 この手で奪ってしまえば、永遠にオレのモノ。手に入った途端、永遠に失われる。
 いつも、欲望が鬩ぎ合う。

「おい」
「なに」
「人の腹の上で勃てんなよ。髭剃ってるだけだろが、ヘンタイ」
「自分だっておっ勃ててんだろが。髭剃られてるだけなのに、ヘンタイ」

 いつものように、髭を剃っているだけ。
 コイツは知らない。
 髭を剃っているだけの、この行為の先にある、欲望。
 警戒心の強い獣が無防備に命を曝している姿に、煽られる、焰。
 だけど、伝わらない、熱。

 


 こんなにも、その存在ごと欲しているのに。

 剃刀を持つ手首を掴まれ、ぐるりと体を返されて簡単に位置が入れ替わった。
 ポロリと落とした刃物を拾い上げ、いつもの悪そうなカオで見下ろしてくる。

「今度おれにもやらせろよ」
「ヤだよ。気ィ遣うんだよ、この髭」
「違ェ。下だ」

 そう言って膝を割り広げ、腿の付根に刃を宛てた。そこに走る大きな動脈を、この男が知らないわけはない。
 脈打つのが好きだからと、何度も口付けを落とすのだから。

「ここ、全部剃らせろ」
「そういう趣味か、このヘンタイ」
「誰にでも股開くヘンタイに言われたくねぇなぁ」

 そんなことを言われて、だけど、ふふんと笑って見上げてやる。
 だって事実だ。お前を奪うことができないのだから。この手で握り潰すことができないのだから。
 だから、他で発散するしかないじゃないか。

「浮気防止になるって言うしな」
「ふぅん? じゃあ、お前のもやらせろよ」
「おれぁ必要ねぇ」

 だろうな。知ってる。
 でも、オレも見せたっていいだろ。それくらいの独占欲。

「剃り跡が、擦れて、イイぜ?」

 唇を舐め上げて目を細めてやると、冷たく光る眼で射抜かれた。
 けど、喉の奥が小さく鳴ったのを聞き逃さない。

「けど、今度、な? 今はコッチ、くれるんだろう?」

 主張しているモノをそろりと撫で上げてやれば、剃刀を放り出して唇に噛み付いてきた。
 愛しい愛しいオレの獣。こんなに求め合っているのに。
 お互いが欲しいカタチは、こんなにも歪で噛み合ない。
 オレはいつも、この直情な獣にも分かるように、一番簡単な言葉で表しているのに。
 伝わらない、想い。

「アイシテル」
「嘘吐くな」

 ほらな、伝わらない。



end