7.チビナスがちょっと怖がる小話〈峠の同乗者〉

2015年04月07日 14:20
第二弾は怖かったとのお声を頂いたバックミラーの話。
文字に起こすとそうでもなかった。
 

 






「おーい、塩」
「……ちっくしょっ、またかよ!」

 チビナスは忌々し気に舌を打つと、粗塩を持って玄関へ急いだ。

「ひとつまみでいいんだからな」
「わぁーってるよ!」

 先日一袋分粗塩をぶちまけられたゾロは警戒気味だ。
 背中を向けてしゃがみ、高さを合わせる。チビナスはパラパラと背中に塩をかけ、すぐにはたいて落とした。

「……で、今度は何だよ。またご先祖様か?」

 訝し気に質問してくるチビナスに、ゾロは自分でも全身をぱたぱたと払いながら「いいや」と短く答える。

「取り敢えずメシ食いてぇ。今日なんだ?」
「親子丼! 先に着替えて来い、その間に卵落とすから」

 食事を催促されて嬉しそうな後ろ姿に、ゾロも口の端が自然に上がった。
 身支度整えて食卓に着く頃には、醤油と砂糖のいい匂いが鼻腔をくすぐる。とろりと卵が絡んだタマネギと鶏肉を見るともう辛抱堪らんと言うように、両手を合わせて一声かけると性急にかき込み始めた。

「随分と腹減らしてたんだな。間食しなかったのかよ」

 あまりのがっつき振りに少々呆れたようにチビナスが言う。
 今日は日帰り出張で、峠をひとつ越えた向こうの街へ行って帰ってきたのだ。

「峠の売店であげいも食うって言ってたじゃねぇか」
「あー、峠なー……」

 煮え切らない返答に、チビナスの眉根がぎゅっと寄る。
 その様子につられるように、ゾロの眉間も皺が寄った。

「聞きてぇのか」
「なんだよ、勿体ぶるなよ」
「お前ぎゃーぎゃーうるせぇクセして、聞きたがるよな」
「気になるんだモンよ、仕方ねぇだろ!」
「逆切れかよ」

 唸ったり喚いたり笑ったりと忙しない表情が面白くて、笑っているのを内心で堪えながら何でもない様な顔をして食事を続ける。ここで笑ってしまうと、天邪鬼な小さなコックは途端に機嫌を損ねてしまうのだ。
 ゾロはなんでもない風を装ってぽつりぽつりと話し始める。実際のところゾロにとっては、何もなければなんでもない話なのだ。

「あの峠よ、しょっちゅう霧がかかってるだろ。今日は特に酷くてな、前の車もろくに見えなかったんだ」
「事故でもあったのか?」
「そういうのは大丈夫だったけど、途中から一人増えてな」

 ゾロは一人で出掛けたはずだ。途中とはどういうことだと、眼だけで説明を求める。

「霧に気ィ取られながら運転してて、気が付いたら後ろに乗ってたんだよ」
「だ、誰が?」
「なんか、白っぽい人?」

 ぞわりと、チビナスの全身の毛が逆立った。
 ゾロが言うには、それははっきりと人の姿をしているわけではないものの、ぼんやりと人の気配のようなものはしていて、何をするでもなくずっと後部座席に座っていたそうだ。後ろを振り返って見たわけではなく、バックミラー越しにその姿を確認したのだとか。

「霧のせいもあったから何となく売店遣り過ごしてな。あげいも食いそびれた」
「う、後ろの人はどうなった……?」
「峠下り始めて、霧が薄くなってきたらいなくなってた。そんだけだ」

 何もなかったからなんということはないのだけれど、そういうことがあったので一応お清めはしておこうと思ったのだ、と言う。

「もー、変なの連れてくるなよぉ」
「だから連れてきてねぇって。お、なんだ、怖くなったか?」
「な、なってねぇ!」
「一緒に寝てやってもいいぞ?」
「いらねぇ!」

 ぷんぷんと怒るその顔も、どうせ寝る頃にはへにゃんと眉を下げて情けない顔になることを知っている。
 枕を持って布団に潜り込んでくるのを、ちょっと楽しみに待っているゾロだった。



end