29.お題@ゾロサンで『言えるわけがない』

2015年04月07日 15:15
少し難産でしたが、ふぉろわ様の素敵不倫ゾサに触発されて!
サンジくんに家庭があったらどんなかと思って。
微妙に気に入っておりますw





 キスの最中に携帯が鳴る。どんなことがあっても電話には出ると、一番初めに決めたことだ。例え体が繋がっていたとしても、だ。
 糸を引いて名残惜しげに舌を出していたその口で、呼び出し音を止めて甘い声音で応じる。自分には決して向けられることのない色。羨ましいなどとは露ほども思わず、どちらかと言えば嫌悪に値する。
 それでもこの男から発せられるものが、自分以外に向けられるのは面白くないのだ。

「帰らなきゃ」

 通話を切ってから、淡淡と帰り支度を整える。その腕を掴んで乱暴に引き寄せ、力任せに抱き締めた。
 文句を言おうと上げた顔を捉え深い角度で強く吸い付く。熱を煽るように、しつこく、ねっとりと口腔を嬲る。足を割り開いて片膝を押し上げれば、腿にじわりと兆しが伝わってきた。鼻から漏れる息も熱と湿り気を帯びてくる。
 体の力が抜け始めたところで全てを解放すると、蕩けた青が泣きそうに揺らいだ。

「帰るって言ってるだろ」
「これ以上はしねぇよ」
「タチ悪りぃ」

 そうだ、わざと煽った。
 燻る体を抱えて、言い訳を考えながら帰るといい。

「子供が、熱出したんだ」
「そうか」

 なら、急がなきゃな。

 無感情な声に、自分でも驚いた。
 それに気付いた男の眉根が僅かに寄る。何も言わずに部屋を出て行った。
 静寂が残った一人きりの空間に、冷蔵庫のモーターが急に唸りを上げる。ただ立ち尽くすしかできずに、時間の流れが曖昧になりかけた瞬間、上着に入れたままだった携帯のバイブがいやに大きく響いた。
 公衆電話からの着信。誰からなのかはすぐに分かる。カーテンの隙間から外を覗けば、街灯の下にある電話ボックスの中に男の背が見えた。
 すぐに電話を受けるが、沈黙が流れてくる。少しだけ聞こえてくる息遣いは、籠もる熱を吐き出しているのだろう。
 ずくりと心臓が鳴った。

『オレは、彼女を愛してる』

 電話の向こうで、男が言った。

『彼女も、子供も、愛してる。失うわけにはいかないんだ。オレは彼女を幸せにすると誓ったんだ』
「分かってる」
『お前は、三番目なんだ』
「分かってる」

 全部分かった上で始めた関係だ。男の中に揺るぎない存在があって、自分は次点なのだと。
 それでも、家族を愛していると言いながら、守るべきものがある男でありながら、男の自分に体を拓くこの行動を、その意味を。
 口にしてしまえば、きっと全てが終わってしまう。
 ボックスの中で金色の頭が項垂れた。堪らなくなって、言葉が迫り上がってくる。

「……おれは、お前を……」
『言うな!』

 強い拒絶に口を噤むしかなくなった。

『オレに、お前を捨てさせないでくれ』

 通話が切れ、ボックスの中から出た男は振り返ることなく闇に消えた。
 例えば出会いが少し早ければ、とか。
 そうしたら、彼は真っ先に自分を選んでくれたのだろうか、とか。
 言っても仕方のないことだと分かっているし、先程の悲痛な声を聞いてしまえば、もう言えるわけがないのだ。
 携帯をソファに叩きつけ、声を殺した。
 
 
 
end