3.【微R】悪魔の虜囚(約5700字)

2015年04月16日 02:29
そんなつもりはなかったけどうっかり続いてしまったシリーズ。
取り敢えずこれでおしまいです。
が、またいつかうっかり続くかもしれません。
Rは直接描写ないですがさらっと言葉出てるので。
 
 
 
 
 
 悪魔というのは、悪魔の実で能力を得た者たちのことを言うのではないかと思う。
 悪魔のような能力を得ただけでなく、その力を悪魔の如く欲望に忠実に行使する。
 それを善しとするか悪しとするかは結果次第だ。
 
 悪魔というのは、欲望のままに行動する者だ。
 
 その悪魔に魅入られたのがサンジなら、彼もまた悪魔の如く欲望に忠実に生きることを選んだのかも知れない。
 
 
 
 
 
 二年後再会してから、ルフィの雰囲気が少し変わったのには気付いていた。
 正確には、サンジを見るルフィの気配、だ。あからさまな捕食者の欲を漂わせていたが、それに気付いていたのは覇気を扱えるゾロと、更に当事者であるサンジだけだった。
 その欲が沸々と煮え出すのをサンジは敏感に感じ取っていて、防衛線として睡眠薬を使ったのも知っている。それが良かったのか悪かったのか、結局のところルフィが行動を起こすきっかけを与えたのかも知れないし、最終的にその場はサンジを守ったとも言えなくはなかった。
 それから程なくして、とうとうサンジが捕まったのだと分かった。どうにも否定しようのない気配は、覇気で探らずとも異様な雰囲気を纏ってゾロの元まで流れてきたからだ。それをさせているのが誰かなんて分かり切っていて、まるで呼び寄せるように、誘うように、淫靡な気配は艶を増していく。
 ゾロは握った拳の中に爪を立て、滲んだ血を握り込んだまま風呂場へ向かった。それを見てしまったら後悔するかも知れないとも思ったが、もう見ないフリをできる境界は越えてしまっていた。
 この先は、選んで(選ばれて)捨てて(捨てられて)という選択をそれぞれがしなければならない。取捨選択の判断を、もう間もなく。そう思うと、考えることを脳が拒否するかのように意識が冷え込んでいった。
 何も考えたくない。考えずともきっとその場に居合わせれば、想いもこの先のことも一瞬で決まるのではないかと期待した。
 そうして浴室の扉を開けてみれば、何のことはない、欲に濡れたサンジの上気した顔がこちらを見ていた。その瞳は理性が融け始めている。
 温もりを失いつつある湯の中で、背を向けたルフィが忙しなくサンジを高めている。
 自分に向けて伸ばされたサンジの手を、ゾロは取ることをしなかった。
 微動だにせず二人を見ているだけのゾロに、サンジはほんの僅か口許を緩めて微笑み、行き場を失った両手をルフィの背に回した。
 
 
 ルフィはゾロを一度も見なかった。
 今サンジが誰のものなのか、誰の腕の中にいて、誰に喘がされているのか、顔を合わせないことで誇示しているようでもあった。
 
 
 刀に手をかけたのは、いつか言った自分の言葉を思い出したからだ。
 ゾロはどちらを斬ろうと白い刀に手を伸ばしたのか分からぬままに、ルフィに貫かれるサンジを眺めていた。
 鯉口に力が込もる。
 その間サンジはずっとゾロを見ていて、二人の視線は外れることはなかった。
 浴槽の二人は共に達したようだったが、ルフィが続けようとしたのでゾロはその場を去った。その後何度続いたのかはわからない。展望室へ籠って、完全に気配を遮断したからだ。
 ただザブザブという水音、ルフィがサンジを揺する度に浴槽の中で波立つあの音が、耳の奥に残っている。
 サンジは声を出していただろう。薄く開いた唇の隙間から見え隠れする赤い舌は脳裏にこんなにも鮮明に灼きついているのに、そこから漏れ出ていた声は一切覚えがなく、ただただ船体を打つような水音だけがずっと響いてゾロを苛んだ。
 
 
 サンジがゾロに対して少なからず情を持っていることは分かっていた。体を繋げれば分かることだ。あれはそんな場面で完璧に偽ることができる程、器用じゃない。
 だから、自分へ向けられる情と同じ種類のものを、もうひとつ抱えていることにも気付いていた。それはとても小さな灯で、サンジの奥で隠れるように揺らめいていた。大きく燃え上がることはないし、必死に隠している風でもなかったから、気にならなかった。自分がその灯の代わりではないということも、ちゃんと分かっていた。
 サンジの奥の小さな灯と、ゾロの前で燃える炎は別のものであると。
 だからこそ、そのふたつを抱えるサンジを見守っていなくてはいけなかったのに。
 
 
 
 
 
 サンジもルフィもゾロも、何もなかったように振る舞った。それはあまりにも完璧で、サンジとルフィの様子に違和感を持っていたウソップを欺ける程に非の打ち所がなく、これまでのいつもの日常を三者三様に演じ切っていた。
 程なくして船は島に着き、ログについてなどナミの説明もそこそこに、ルフィは「冒険だ!」と叫んであっという間に島へ姿を消した。
 ここ暫く寝たままで起こしても起きないゾロを船に残そう、何かあればさすがにコイツでも起きるでしょとナミは言ったが、食材のチェックもあるし寝たままのコイツだけじゃさすがに不安だからとサンジは船番を買って出た。
 二人きりになれる願ってもない機会だった。
 
 
 クルーたちが思い思いの場所を求めて船から出掛けて行くのを、サンジは煙草を咥えながらヒラヒラと手を振って見送った。最後の一人の姿が見えなくなると、大きく吸い込んだ煙草の煙を一拍肺の中に留め、それからゆっくりゆっくりと蒼穹へ向かって吐き出す。流れていく紫煙に眼を細めると、最後にもう一度だけ短く吸い込んでから煙草の始末をした。
 振り返り、マストの影で昼寝を続けているゾロの元へ歩み寄る。
 
「……起きてんだろ、タヌキマリモ」
 
 刀を脇に置いて腕を組み、壁に凭れて俯いているゾロに声を掛けた。
 寝てなどいない。ずっと寝た振りをしていることに気付いていた。だけどそれを大っぴらに咎めることは、今のサンジにはできなかったのだ。
 
「なぁ、分かってんだけどよ。けど、メシは食ってくれよ。頼むから……」
 
 朝食をふいにしてまで誰の呼びかけにも応えず寝た振りをして船に残ったゾロの思惑を、サンジは分かっていた。
 ゾロも、サンジと話したがっている。だからこそサンジも船に残ったのだ。なのに、まだこの男は顔を上げようとしない。
 話はしたい、けれど、きっと何を話していいのか分からないのだろう。それはサンジも同じだ。
 あの日のことの、何を話せばいいのだろう。
 サンジは尚も狸寝入りを決め込むゾロの胡座の上に跨がった。ぴくりと形の良い片眉が動いたのが見える。
 ふ、と鼻から息を漏らすように小さく笑うと、サンジは脇に置かれていた白い刀に手を伸ばした。触れるか触れないかのところで手首を掴まれる。
 
「起きてんじゃねぇか」
「……何する気だ」
「どっちを斬るか、決まったか?」
 
 
 この白い刀で。
 お前の、この手で。
 
 
「ルフィを斬れるわけねぇだろ」
「じゃあ、オレか」
 
 返ってきた答えに眼を細めもう一方の選択肢を口にすると、ぎり、と掴まれた手首が更に締め上げられた。
 
「おれがテメェを斬れると思うのか?」
 
 眉間に皺を寄せて見上げてきたゾロの眼がクッと色濃くなりサンジを捉える。見入られたサンジはゾロの返答に青い眼を一瞬見開いた。
 どちらをも切り捨てる気はないのだと、そう言ったのだ。
 
 己の野望の為に乗り込んだ船の、唯一無二従うと決めた船長も。
 他の男の腕の中に在って初めて強烈な嫉妬と独占欲を覚え、そうなって漸く愛しく想っていたのだと自覚した料理人も。
 どちらも自分には斬れないと、ゾロは本当は初めから分かっていた。仲良く分け合いましょうなんて、物じゃないのだから無理な話だ。だけど今現在はまさにそんな状況だ。
 ゾロもルフィもサンジを諦めるつもりなんて毛頭ないし、少なくともゾロは、自分だけに向かせようということもできない。当のサンジがどちらも受け入れているし、二人を離さないと言い出したからだ。
 
 サンジがもう一方の手で自分を掴んでいるゾロの手をそっと解きにかかると、案外あっさりと力を抜いて離してくれた。その手を両手で包み込んでから、すり、と頬に擦り付ける。
 暖かい、大きな掌。
 
「自分でもビックリしたよ。オレ、とんでもない阿婆擦れだってつい最近自覚したばっかだ。でも、どうしようもない。お前ら二人とも欲しい」
 
 そう言って、掌にキスをあてた。
 
「分かってるんだ、バカなこと言ってるって。でも、どっちを選ぶことなんてできないし、どっちを諦めることもできない。オレはあの日、お前ら二人に心臓を掴まれたんだ。お前の戦いと決意に惹かれたし、オレを望むルフィの強い想いに引っ張られた」
 
 青が揺れて、ゾロを見つめる。
 武骨な指がもう一度頬を這い、耳の後ろをくすぐり、後頭部に差し込まれるとぐいと引き寄せた。鼻先が触れ合う程の距離で視線を絡める。
 
「自覚しちまったら、もうそれしか考えられないんだ。この馬鹿げた欲望が叶わないんなら、オレは船を降りるしか無いと思ってる。でもきっと船長はそれを許しちゃくれない。そうなったらオレはきっと、自分から海の底へ沈むだろうな」
 
 自虐的な嗤いを浮かべたサンジに、ゾロは後頭部に宛てがっていた手を強く引いた。
 サンジはゾロの上に倒れ込み、求められるままに口づけを交わす。吸い上げるような激しいものではなく、ゆるゆると舌を絡ませ合い、角度を変えては互いの口唇を食み、また舌を合わせるような、ゆったりとしたキス。昂る感情を落ち着かせようとしているようにも思えた。
 溢れる唾液を舐め取るようにしてから、サンジが顔を上げる。
 
「卑怯だろ? オレは然程惜しくもないオレ自身の命を使って、お前たちを繋ぎ止めようとしているんだ。脅して、宥め賺して、搦め捕って、雁字搦めに縛りつけて。軽蔑されようと、お前たちが自らオレを捨てない限り、こうして、涙なんて使って、お前たちを、お前を。失いたくないんだよ。苦しくて苦しくて、どうしていいか分からなくて。苦しくて仕方ないんだ……!」
 
 吐き出すように言葉を零し、ゾロの上衣の前合わせを両手で握り締め、厚い胸板に額を当てて肩を揺らす。押し殺した声の合間に、ぽたりぽたりと肌を濡らしていく熱い雫。
 ゾロは酷く小さく見えるその体に両手を回し、眼下で震え続ける金色の頭に鼻先を埋めた。
 
 ルフィへの想いは、サンジ自身が気付かないままに長いこと抱え込んで育ててしまったもので、それがルフィ本人によって爆発的に膨張させられて、サンジの手に負えないところまできてしまったのだろう。
 だがそこにはルフィへの想いと同じだけの時間、二人で育ててきたゾロへの想いがあって、でもどちらも追い出すなんて事はできなくて、それらは行き場を失ってサンジの心を蝕み始めていた。
 二人への想いで壊れかけた心を、その身に繋ぎ止めているのは一体なんだろう。
 
「お、サンジめっけ」
 
 早々に船に戻り、ゴムの手足を伸ばして二人の元に飛んできたルフィ。
 着地したその音に、ゾロの胸に顔を埋めたままの肩が小さく跳ねる。
 
「サンジ」
 
 抑揚のない単調な声。
 サンジの額が、ゾロの胸にぎゅうと押し付けられた。
 顔を上げたゾロとルフィの目が合う。暫し視線を絡ませると、ルフィがサンジの後ろ、ゾロの膝の上の空いたスペースに腰を降ろした。そしてサンジの背にぴったりと自分の胸をくっつける。ゾロの眉間にじわりと皺が寄った。
 ルフィは後ろからサンジの腹にぐるりと手を回すと、びくんと全身が跳ねたがそれには構わず、きゅっと力を込めて抱き締めた。
 
「サンジ」
 
 背中から響いてくる声が先程とは全く違って、とても甘く優しいのものだったので、どうしていいか分からない。
 動揺するサンジの肩を、回っていたゾロの腕がルフィと同じだけの力で抱き締めた。ルフィの腕に少しだけ力が込もると、ゾロの腕もきゅっと締まる。
 思わず顔を上げそうになったサンジの丸い頭を、ゾロが鼻先で再び押し込めた。次いで後頭部に差し込まれるルフィの鼻先。
 
「サンジ」
「気の済むようにしろ」
 
 前からも後ろからも、締めつける程ではない絶妙な力加減できゅうきゅうと抱き締められ、優しく、甘やかすような声音で囁かれるともう思考はぷつりと灼き切れて、声も涙も抑えることができなかった。憚ることなく、自分自身を何一つコントロールできず、ただ、泣き続けた。嗚咽が消え入る頃になると、サンジは泣きつかれて眠ってしまった。
 力の抜けた体を抱え直し顔を上げさせると、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔があった。ゾロはその様に苦笑すると、左腕の黒手ぬぐいを取って顔をキレイにしてやった。前髪に手を梳き入れ、ゾロの胸に押し当て続けて少し赤くなった額にキスを落とす。
 それを見ていたルフィがサンジの頬に唇を押し当てた。ちらりと上目遣いをすると、ゾロと眼が合う。
 ニッカリと笑ったルフィに、多少の毒気を抜かれた。小さく嘆息し、今は無邪気な表情を浮かべている船長へ琥珀の眼をキラリと光らせる。
 
「いいか、コイツに無理矢理選ばせるようなことはするな。じゃねぇと、コイツ自身が消えちまう。壊したいわけじゃねぇだろう?」
 
 そう言われてルフィは始めきょとんとしていたものの、次第に表情と雰囲気を変えて僅か下から見上げてきた。
 
「当たり前だ。それにゾロ、お前なんか勘違いしてるみてぇだから言っとくけどな。俺はお前とサンジを奪い合いたいわけじゃねぇよ? お前が欠けたって、サンジはサンジじゃなくなっちまう。俺のサンジを悦ばせるお前のことも、俺は大好きなんだ」
 
 なんと、蠱惑的な笑みだろう。ゾロは思わず腕の中のサンジを力の加減も分からずに抱き締めていた。
 心臓の音が耳許でうるさい。どくどくと流れる血流が鍛錬で訪れた滝の音に似ていると思うと、それはいつの間にかあの日の、ルフィとサンジの繋がりを目撃した時の風呂の水音に変わる。漆黒の闇のような昏い瞳が、ざぶざぶという音に濡れてくるようだ。
 ゆうるりと弧を描く薄い唇の隙間から赤い舌が覗き、ぺろりと上唇を舐める。風呂で見た、サンジと同じ赤い舌。その様から目が離せない。
 ルフィは、サンジを抱いたゾロの背にぐるりと腕を回し、二人を一緒に抱き締めた。ゾロの左耳に顔を寄せ、鼻先でピアスをチリチリと鳴らす。
 微動だにしないゾロに対し、ふっと鼻から漏らした吐息が耳孔をくすぐった。
 
「ゾロ。お前だって、俺のものだ。そうだろう?」
 
 
 ああ、おれも悪魔に魅入られていたんだ。
 唐突にそう自覚した。
 
 
 
end