3.【音楽家】合い奏で(約5000字)

2015年04月16日 08:20
ブルック誕生日2014
 
スリラーバークでピアノ弾いて泣いてるブルックが大好きです。
 
5/7追記:ツイッターで仲良くしてくださってることさんが、このお話のイラストを描いてくださいました。
とても素敵な場面が切り取られて、本当に私のお話が元になっているのか疑うほど。
暖かいイラストと共に楽しんでいただけたら幸いです。
 
 
 
 
 
 立ち寄った島で、サンジはいつものように食材の買い出しへ行く。
 今日は下見程度なので大きな買い物はないが、骨で剣士で音楽家が牛乳牛乳と煩い。
 一人で買い物に行かせてもいいのだが見た目がアレな上に、上手く遣り過ごすということもできない訳ではないと思うのだが、結局しないのでよく騒ぎになったりもする。誰か同行者がいればそれなりに誤摩化せたりもするので、今日のところはサンジが付き添いだ。
 まあ、目的地は同じ市場だし、自分で飲む牛乳は自分で持ってもらおう。
 二人で市場を一通り回り、いくつかの店に目星を付ける。最後に牛乳を買って船に戻ろうという話になり来た道を引き返した時、路地の向こうにある店にブルックが目を留めた。
 ほう、と息が漏れるような、高揚したような声が微かに上がる。実際、普段息をしているのかは不明だが。
 
「サンジさん、ワタシちょっとあのお店を覗いてもよろしいですか?」
「あ、おい」
 
 言いながらも既に足は店に向かって歩き出していた。
 サンジはブルックが向かった店の看板を見、いつもより更に軽い足取りの彼を見て、なんだか嬉しい笑いが漏れた。
 
「ちょっと失礼しますヨホホホホー」
 
 声をかけて入った先は、然程大きくはない楽器店だった。色々な種類の楽器、関連する小物、楽譜が所狭しと並んでいる。一通り見渡すと、中でもバイオリンが多く陳列されていた。
 店の奥から出てきた店主はブルックを見ると腰を抜かして驚いたようだが、こういうマスクを被って活動する音楽家だと言うと、「はぁー、よくできているね」とまじまじと観察し出した。肩書きはその時によって様々で、大道芸人だったり作家だったりと、まあ適当だ。
 ブルックは店主に、バイオリンの弦や弓に張る毛について色々と質問している。サンジには何のことかさっぱりだが聞こえてくる会話から、あの弓の毛って馬の尻尾なんだ、とか楽器と海の相性はあまり良くないのか、とか店主がバイオリン職人で店内のものは全て店主の手作りなのか、ということがわかった。
 馬の尻尾にはへぇ、と思ったし、楽器と海の相性についてはそうだろうなぁ、水分と塩分なんだから木でできたバイオリンや金属の楽器だって合わないだろうな、と納得し、バイオリン職人だという店主にはとても興味がわいた。
 サンジも同じように手を使ってモノを生み出す職人として店主の仕事を見てみたくなり、展示してあるバイオリンのひとつを手に取る。まだ弦の張られていないそれは、持ってみると大きさの割に案外軽いものだと思った。ブルックが陽気に弾いている姿はもう当たり前の風景であるが、実際にバイオリンに触ったのは初めてだった。
 きれいな木目にニスが塗られてピカピカしている。表面、側面、裏面、その他も、部位によって木の材質が違うらしく、木目や色も微妙に違う。
 サンジはきれいにカーブする縁に指を這わせ、つつ、となぞってみた。膨らみ、括れ、また大きく膨らむ。
 これってなんだか……。
 
「女性みたいでしょ? ヨホ」
 
 いつの間にか背後にいたブルックに言い当てられ、驚きから手の物を取り落としそうになった。
 
「おま、急に声かけんなよ。あっぶねぇ」
 
 顔をほんのり赤くしながら、サンジは手にしていたバイオリンを元の位置に戻した。
 ブルックはサンジの文句を聞いていたのかどうか表情ではいまいち判り辛いが、でもうっとりしているだろう声音で店内を見回す。
 
「楽器はね、女性と同じように優しく扱ってあげると、とても美しい音色で応えてくれるんです。もちろん情熱的な想いにもね。その最たるものが、バイオリンだとワタシは思っているんですよ。フォルムもとても女性らしい」
 
 パンツ見せろだ牛乳だと喧しい骨が、珍しくまともなことを話しているとサンジは不思議な気分だったが、話している内容は悪くないと思った。
 ブルックの弾くバイオリンは、曲によってくるくると表情を変える。それは彼の技術に因るところも大きいのだろうが、そう言う意味ではレディの扱いに長けていると言えなくもない。
 
「お前、もう済んだの?」
「あ、はい、今日のところは。明日、またバイオリンを持って伺うことにしました。専門家のメンテナンスを受けられるなんて滅多にありませんから」
 
 ウキウキと話す……ように見えるのは、足元がスキップでもしそうなくらい浮き足立っていたからで、音楽や楽器のことでこんなにテンションの上がっているブルックを見たのは初めてかもしれない。
 
「そうか。じゃ、牛乳買って帰るか……」
 
 出口へ向かおうと体を捻ると、店の隅にある大きな箱が目についた。見覚えのあるそれに、サンジは引き寄せられるように近付く。
 暗がりでひっそりするそれは濃いめのチョコレート色をした木目で、所々に古い疵が付いていた。
 
「ヨホ、お懐かしいですね。スタジオ・アップライトじゃありませんか」
「ピアノだよな、コレ」
「ご存知ですか? 一般ではあまりお見かけしない形なんですよね」
 
 ピアノは大きくて上の蓋が開く、所謂グランド・ピアノがよく目にするものだが、ピアノ自体も高価なものなので早々お目にはかからない。サンジ自身が一番最近見たのだって、スリラーバークでブルックが仲間に加わった時、彼が涙ながらに弾いていたあのピアノだ。
 グランド・ピアノよりも若干値が下がりコンパクトなものが、アップライト・ピアノと呼ばれる箱形のものだ。こちらは場所をとらないため家庭用として普及しているが、それでもやはり値はそれなりに張るので富裕層が所持していることが多い。そういった階層と繋がりがなければ、やはり目にする機会はあまりない。
 これらの通常のピアノは鍵盤の数が白黒合わせて88鍵あるが、サンジが見つけたスタジオ・アップライトは65鍵で、全体的に小さく重量も軽いため二人くらいでも持ち運びが可能だ。そのコンパクトさを活かし、流しのピアニストたちが主に使用しているものだった。
 ピアノの蓋をそっと開け、現れた白い鍵盤を人差し指で押す。あまりにゆっくり押し過ぎ、くぐもった小さな音しか聞こえない。
 もう一度、少し押し込むように。
 
 ぽーん
 
 ピアノの音が静かな店内に響く。サンジは自分の出した音が思いの外きれいに鳴ったことが嬉しく、自然と笑みが零れた。
 ふと思い出したように右手の五本の指を全て鍵盤に置き、一音一音確かめながら音を出す。
 その様子を見ていたブルックから「おや」と声が上がった。
 
「サンジさん、嗜みがおありで?」
「ガキの頃にな。ちょっとだけ教えてもらった」
 
 サンジが海上レストランバラティエにいた頃も、時々音楽団が店内で演奏させて欲しいとやって来ることがあった。食事のBGMだったり、イベントのバンドであったりと、たまに変わる店内の雰囲気が好きだった。
 その中にこのスタジオ・アップライトを持ち込んだ音楽団があり、初めて見る楽器にサンジはとても興味を持った。
 バイオリン等の弦楽器やトランペット等の管楽器は目的の音を出してメロディーにするまで努力と時間が随分かかってしまう。だがピアノは鍵盤の位置と弾く順番を覚えてしまえば、辿々しいながらも一応の曲を弾けるようになる。
 サンジは店仕舞してから、一定期間滞在している楽団のピアニストに短い曲を習った。
 
「何となく覚えていたけど、やっぱり全然曲に聞こえねぇな」
 
 8小節の短いフレーズをやっとのことで弾き終え、あまりの出来の悪さにサンジはちょっと恥ずかしそうだった。
 
「そんなことありませんよ。ステキな子守唄です」
「すっげ。あんなので、どんな曲か判るのか」
 
 サンジが鍵盤から手を引こうとすると、ブルックがそっと制止する。
 
「サンジさん。もう一度、繰り返し弾いて頂けますか?」
「えー? ヘタクソでなんか恥ずかしいんだけど」
「いえいえ、大丈夫ですよ。すぐ弾けるようになります。幼い頃に一度でも弾けていたのなら、その頃よりは手が大きくなっていて鍵盤に楽に届きますし、指先を使うお仕事ですから慣れるとすぐに動くようになります」
「そういうモンか?」
 
 ブツブツ言いながらもブルックに言われた通り、先刻と同じフレーズをゆっくりと弾き出す。8小節が終わると、すぐに繰り返し。
 そうして5回程弾いていると、彼が言ったように指の動きが良くなってきた気がする。つかえずに弾けるようになり、少しだけスピードも上がった。
 思う通りのメロディーを自分の指が奏でていると思うと、サンジはとても楽しくて仕方がなかった。何度も繰り返す。
 それをずっと聞いていたブルックは、サンジの背後から覆い被さるように鍵盤に手を置く。サンジが弾く音域を挟むように、左手で低音、右手で高音。二人の身長差は1m近くもありブルックの手のリーチも十分で、サンジの邪魔をすることはなかった。
 フレーズがまた始めに戻ったところで、ブルックの両手が動き出す。メロディーに合わせた、優しい伴奏だ。
 
 
 
「この曲、知っているのか?」
「いいえ、今何度か聞いたので合わせてみただけです。それにしてもきれいな曲ですねぇ」
「ノースの子守唄だ」
「ああ、どうりで。少し寒い、雪のようなイメージが見えました」
 
 8小節が終わると、今度はほんの少し音を変えて伴奏をつける。
 
「メロディーはね、そこにはない景色を見せてくれるんです」
 
 そう言ったきり黙ってしまい、サンジは同じフレーズを何度も弾き、ブルックはそれに合わせて少しづつ伴奏の色を変えた。
 サンジは指を動かしている間に思い出した、遠く離れて久しい故郷の歌を口ずさむ。そうしていると、自分の両側で優しい音を奏でている骨だけの指が微かに震えているように見えた。
 
「……ブルック?」
 
 見上げてみても、顔は遥か1m程も上。下顎骨と大きなアフロくらいしか分からない。
 
「サンジさん、ワタシね」
「うん?」
 
 視線を鍵盤に戻すと、ブルックが静かに話しかけてきた。
 
「ワタシ、死ぬ直前まで、仲間と合奏していたんです」
「うん」
 
 スリラーバークで話してくれた。音楽の大好きな海賊団だったと。
 
「楽器を持ち、歌い、事切れるその瞬間まで」
「うん」
 
 敵に襲われ、毒にやられ、全滅したと言っていた。
 
「歌う者がいなくなり、演奏する者が倒れ」
「うん」
 
カルテット、トリオ、デュエット……ソロ。
 
「ワタシ、一人で演奏して、死にました」
「うん」
 
 サンジは静かに相づちを打ち続ける。
 
「こうして新たに皆さんの仲間に迎えて頂けて、ワタシの演奏で楽しく歌って下さる。こんなに嬉しいことはなかった」
「うん」
「でもね、今日はそれ以上に嬉しいんですよ」
 
 ブルックの指が震え、音が少し乱れた。
 
「またこうして、仲間と一緒に楽器を演奏できるなんて。夢のようです……!」
 
 
 
 ブルックの声まで震え、同時にサンジの頭頂に何かがぱたぱたと落ちてきた。金糸に沁み込み頭皮をつつ、と濡らすそれが何であるか分かっていて、サンジはそのままにした。
 いつも不思議に思うが、自分でも言っているが骨だけなのによく飲み食いするし、下品にもゲップやオナラを所構わずするし、こうして涙を流すのはどんな構造になっているのだろう。
 でもこんな生身の人間臭い部分が、ブルックの外見と内面を上手く繋げていて好きだと思った。
 
「なあ、ブルック」
「……はい」
「みんなにさ、楽器の扱い方、教えてくれよ」
「……はい」
「レディたちはきっとすぐに上達するだろうし」
「はい……」
「ウソップも器用だから、何でもこなしちまうよ」
「はい」
「フランキーなんか、新しい楽器とか作りそうだな」
「ええ」
「あとは……打楽器だって立派な楽器だ。不器用なあいつらだって十分できる」
「そうですね」
「みんなでさ、合奏しよう」
「……はい」
 
 それっきり言葉はなく、再び穏やかなメロディーが満ちる。
 
 
 ブルックが海の上で失った仲間との時間、いつ終わるとも知れなかった50年の孤独。
 それらをほんの少しでも、新しい仲間が埋められたら。
 みんなで一緒に、こんな優しい時間を共有できたら。
 僅かでも幸せを感じてくれるだろうか。
 感動し易い音楽家は、体のどこから湧いてくるか分からない涙を流すだろうか。
 今、多分、堪えているのだろうけど、それでもポツリポツリと絶え間なくサンジの髪を濡らしているように。
 
 
 
end