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2015年04月08日 00:23
 永く生き続ける一族がいた。
 一族と言ってもその数は微々たるもので、彼らは生活を共にすることはない。それぞれが孤独に生きてきたので、互いの存在をもう長いこと確認したことはない。元々が群れて行動する種族ではないのだ。縄張りが重なれば諍いが起きる。
 或る者はひっそりと故郷の森に身を隠し、或る者は人間に溶け込みささやかに生き、或る者はその魔力を最大限に活かして人間の振りをして成功を収めて富を得た。
 どの生き方にも、付いて回る業がある。血を啜りながら、人間の精を糧として命を繋ぐこと。
 彼らにとってコレは食事であるが、恍惚を齎しそこから快感を得てしまう為に、陶酔しきる者も多い。遥か物語の時代にはこの行為に耽るあまりに、血を絞り尽くすようにして人間を使い捨てた為、魔物として畏れられた。
 だが何の力も持たない人間とて、集団での害心は途轍もないエネルギーを生み、人間数人を惑わす程度の魔力など何の意味もなさない。欲望に勝てなかった者は、食料と蔑んでいた人間に悉く狩られた。
 元来交わりで種を増やす一族ではないし、その起源は曖昧だ。気が付いたら存在していたと言っていい。だから仲間などいなかったし、新たに増えることもなく、その存在が伝説や物語と言われるようになった現在では、自分以外の一族が存在するのかどうかさえ分からなかった。
 もしかしたら、自分が最後の生き残りかもしれない。けれどそれを確かめようもないし、万が一仲間が残っていたとしても、共に生きることは難しい。何百年にも渉るそれぞれのライフスタイルがあり、顔を合わせてしまえばきっと獲物を奪い合う争いが起こるだろう。食事の仕方もそれぞれで、住む土地に馴染むように、目立たぬように現代まで生きてきたのだ。
 仲間に会ったのなんて、掘り起せる記憶の中にはもうない。ただひっそりと、人間とは最低限の関わりで生きてきた。持てる魔力で人を惑わし、住居を、恙無く過ごす為の金銭を得て、ただひっそりと。

「一般的には、吸血鬼なんて呼ばれてる。そういう、今の世の中じゃファンタジーな存在だ。正体が見つかった途端バケモノとして駆逐されるけどな」

 だから目立たぬように、静かに、身を隠すように、生きてきた。危害さえ加えられなければいくらでも生き続ける。食事である吸血だって、然程頻繁に行う必要もない。
 永く生きれば、人間の血液以外から精を得ることもできるようになる。それは草花等自然からのエネルギーであったり、人間以外の動物からの恩赦のような吸血行為であったり、人間の血液以外の体液であったり。
 吸血行為と性行為はとてもよく似ていた。どちらも快楽を齎す。

「オレはレディを傷付けることは絶対にしない。命に関わることになっても。だからレディから血を頂くなんてことしたことはないし、ましてや野郎に喰いつくなんて冗談じゃない。だけど、血の代わりのものをたまに頂く。最上の快楽と引き替えに、レディに一晩のお相手を願うことはある」

 汗や唾液であるとか、愛液であるとか、血液以外の馨る体液を、命から溢れる熱を分けてもらうんだと、うっとりと細められた青が、楽しそうに話す。
 口許に咥えた細いタバコから紫煙が立ち昇るが、燭台の灯を外れると闇の中へ消えていった。
 そこで湧き上がる当然の疑問。

「だったら、どうしておれなんだ? 男だぞ」
「うーん、匂いがオレの好みだっていうのと、命の強さ、かな」
「強さ?」
「そう。お前さ、死にかけたことあるだろ」

 そう言って、はだけていたバスローブからチラチラ見えていた、胸を斜めに走る不格好な傷に人差し指を這わせた。つつ、と傷の盛り上がりを上へ辿る。

「死の淵から帰ってきた人間は、命の味が濃くなるんだ。昨夜も死にかけただろ? お前は更に美味くなってるはずだ」
「でも男だぞ。喰いつくのは嫌なんだろ?」
「性別を凌駕する程の御馳走になったんだよ、お前は。これがレディなら究極に悩むが、野郎なら遠慮せずに喰い散らかせるだろう?」

 ゆうるりと薄い唇が弧を描き、その隙間から真っ赤な舌がちろりと覗いた。

「久しぶりの高級食材だ、じっくり料理して味わってやるよ。そのための契約だ。オレの家畜として飼い殺してやる。もう、ここから出ることは叶わない。その代わり」

 傷を這っていた指がついと顎先に触れ、軽く力を入れると顔は素直に上向いた。反らされた喉元は急所を無防備に曝し、脈打つ太い血管が命の迸りを見せている。そこをなぞるように何度も往復する白く冷たい指先。

「お前には不足の無い暮らしを与えてやる。この部屋の中では自由だ。好きなものを食わしてやるし、欲しい物は何でも手に入れてやる。一生。オレが喰い尽くすまで……なぁ、ゾロ」

 名を呼ばれ、ぞくぞくとした快感が背筋を駆け上った。肌が粟立つ。

「……なん、でも…?」
「ああ、そうだ」
「なら……」

 首筋に触れていた手を取り、指先を口に含む。体温がないのではと思う程、ひんやりと冷たい。

「ヤらせろ」
「……は?」

 目の前に立って挑発していた男の腰を抱き寄せ、腰掛けている膝の上に跨がらせる。重厚な革張りのソファは男二人分の体重を難なく受け止め、革の張る音が微か聞こえただけだ。
 指を舐りながら、更に腰を引き寄せ下半身を密着させる。そうするとすぐに分かる、雄の熱。バスローブを押し上げ、合わせから見えてしまいそうな程だ。

「何、お前ソッチ系? 生憎オレは野郎に突っ込む趣味は無ェんだよ」
「そりゃ良かった、おれも掘られる趣味は無ェ。突っ込んだことなら何度かあるが」
「ふっざけんなっ。家畜のくせに主人に手ェ出すんじゃねぇよ。ってかやっぱりソッチの趣味なんじゃねぇか!」
「違ェよ。メシと寝床抑えるのに必要だったんだ。女も男もどいつもこいつも、みんな好き勝手におれの上に乗ってきやがる。黙ってりゃ勝手にイッてくれるし、飢えもしねぇし寒さも凌げる。ただ癖みたいになっちまったから、抜かねぇとキツいんだよ」
「やっぱりクズだったな。底辺のイキモノ」
「否定しねぇよ。生きる手段がそれしかなかったからな。だからヤらせろ。この部屋から出られねぇんだろう? それともてめェの大好きなレディとやらを毎日宛てがってくれんのか? おれはここじゃ自由で、何でも望むものは手に入ると、てめェが言ったんだ」

 語尾がキツくなり、ぎり、と音がしそうな程の強い視線で男を射抜く。暗い中で琥珀のようだと思っていた眼の色は、蝋燭の灯りに反射してギラリと光る。男の髪色を映したように、元の琥珀も相まって、濃い、獣の色を載せた金色に。

「おれの一生を喰い尽くすんだろう? だったら、おれにも喰わせろよ。なんだか堪んねぇんだよ、てめェを見てると。初めてセックス覚えた猿みてぇだった頃思い出す。あれ以来だ、自分からしてぇと思ったのは」

 強い獣の本質を曝しながら、なんとも純なセリフが出てきたものだとそのギャップに、現在の張り倒したくなる体勢も忘れて、小さく笑みが漏れた。
 それを目敏く見つけ、不機嫌な空気を隠しもせずに男を見上げる。

「……なんだよ」
「いや、なんかお前、かわいいなと思っちまって」
「あァ?」
「お前にはきっと、色々足りない気がする」
「なんだ、足りないって」
「うん、色々だよ、色々」

 生きる為に身につけた手法は薄汚い大人の欲を満たすようなものばかりで、心はきっと幼いままで現実を見ることを拒否している。だからこそ、身にかかる事象を素直に受け入れることができている。
 生きる為と言いつつ、いつだって生きることをやめるのに躊躇はないだろう。
 それはきっと、愛された記憶がないから。だから今自分が抱えて吐露した気持ちが、どう言うものか分からないのだ。
 訳のわからないことを言われて不貞腐れたような表情をしているのは、愛情を知らない大きな子供だ。永く生きてきた中で、様々な事情で一人で生きる子供たちと関わることもあった。彼らと似た空気を感じる。愛情を知らない者はその表し方も、伝え方も知らない。ただ不器用に縋り付く。
 自分よりも体躯のしっかりした男をかわいいと思ってしまったり、あまつさえ目の前の芝生のような不思議な毛色の頭を抱きかかえて、愛しいなどと。久方振りの御馳走に、高揚しているだけだ。
 そう思おうとしても、腰に回された腕で返すように抱き締められると堪らない。あー、うー、と唸りに載せて、腕の中の短髪をぐりぐりと捏ねくり回して葛藤する。

「何してんだ、てめェ。ンなもんで誤摩化せると思ってんのか」
「うっせぇ黙れ。気の遠くなる程生きてきて、初めての決断なんだよ。このオレが野郎とだなんて……」

 言いかけて、腕の中でにやりと不敵に笑う顔を見てしまった。いい予感はしない。

「そうか、初めてか。吸血鬼の処女を味わえるってのはいいな」
「いやだからちょっと待てって。それ以外にも考慮しなきゃならんことが……」
「うっせぇ黙れ。安心しろ、初めてでも啼く程ヨくしてやるから」

 がぶりと唇に噛み付かれ、残る文句をすべて飲み込まれる。
 前言撤回、どこが大きな子供だ、まるっきり野生の獣だ。
 くるりと体を返されて、小さなベッド程もあるのではと思うようなソファに体ごと押し付けられ、あっという間に思考を飛ばされた。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 僅かな仮眠を挟みつつ、文字通り三日三晩、声も出ない程啼かされ続けた。
 朝も夜もないような薄暗い部屋の中で、時間の感覚も狂ったままひたすら体を貪られた。初めての受け入れる行為は、開始当初はやはり体を拓かれる際の苦痛があり、ギリギリで抑えていた理性も吹っ飛び、早々に或る行動を起こしてしまう。
 吸血行為は性行為と似た快感を呼び起こす。苦痛から逃れる為、自らを組み敷いたゾロを抱き寄せ、その首筋に鋭く伸びた二本の牙を突き立てた。空けた孔から滲み出すとろりとした熱を、無意識で吸い上げる。芳醇な馨りが鼻腔を擽り、甘露が喉を潤すと、苛んでいた苦痛が途端に全身を痺れさせる程の疼きに変わっていく。
 吸われた方も牙から僅かに注入される成分によって思考が蕩け、神経への作用で快楽を追うことしかできなくなる。結果それが更に追い上げられることとなり、過ぎる快感から逃れるように再び牙を立ててしまう。悪循環だった。
 二人共にただ快楽を求め続け、力尽きて気を失うように僅か眠っては、ゾロは目を覚ますと水でも酒でも目につくものを喉に流し込んで水分を摂り、再び思い出したように盛った。
 行為の中で名を強請られ、緩くなった意識の中で口を滑らせると耳許で撫でるように何度も呼ばれた。それがまた体の熱を上げていく。
 さすがに三日続くと完全に意識を失い、そこから丸一日は眠りから覚めることはなかった。ぼんやりと瞼を上げるがどうにも違和感がある。随分と腫れぼったく重い瞼は、泣き続けたことによる弊害だった。
 体を起こそうとして何かに拘束されていることに気付く。後ろから抱き枕よろしく四肢を絡められ、全く身動きできない程に腕の中へ抱きすくめられていた。うなじに潜り込んでいる鼻先から、深い寝息が肌をくすぐる。
 なにやらむにゃむにゃと聞き取れない寝言のような唸りに続いて、べろりと熱い舌が這った。ひっ、と身を竦めると、今度はがぶりと歯が立てられる。それが少々甘噛みを越えた強さだったものだから、思わず肘を後ろの筋肉に突き込んでしまった。
 ぐぅ、と情けない呻きとともに拘束していた四肢から力が抜けたので、何とか腕の中から抜け出す。振り返ってみても、ベッドの上で僅か身悶えした体はそのまますぅっと眠りに誘われて動かなくなった。
 その首筋、肩、腕、指。至る所に点々と二つ並ぶ赤い孔と、背中を中心に夥しい数の切り傷のような引っ搔き傷。どれも塞がってはいるが、其処此処に乾いた血の跡が見て取れる。
 自分の手を見てみると、普段は短く切り揃えてある爪が鋭く伸びて先が針のようなっており、そこにも血が付着して乾燥していた。制御できずに出してしまったらしい。
 覗き見た男の顔色は血の気が薄い。唇は色を失っていて、よくもまあこんな状態で自分を拘束できたものだと感心する。
 体中がミシミシと軋みを上げているのは、使ったことのない筋肉を長時間酷使したせいだ。だが疲労感はなく、むしろ気分は上々、力が漲ってくる。
 当然だ。これまで月に数度動物から了承を得ての吸血行為、年に数回のレディとの睦み合いから得る人間の精気しか摂っていない。だらだらと生き続けるのに必要最低限の糧だけで過ごしてきた。何が原因で正体がばれるかわからないし、だから人間との直接的な接触は極力避けていた。
 そんな風に過ごしてきて、突然に得た御馳走を、本当はゆっくりじっくり味わおうと思っていたのだ。それなのに怒濤の勢いで流され、貪られた。性行為からの吸血行為をやめられなくなる懸念があったからこそ、躊躇していたというのに。それは本能からなのか、遠く姿さえ見えない記憶の奥底からの警鐘なのかは分からないが、確かに気をつけねばならないと思っていたのだ。
 危うく、吸い尽くして殺してしまうところだった。ましてや左眼の傷のせいで出血していたのだ、軽い貧血ぐらいあったはずなのに。どうしてこんなにも限界ギリギリを越えて行為を続けることができたのか不思議でならないが、耳に届いてくる鼓動が命を作り出しているのだと分かる。
 人間とは違う聴覚は眠る男の力強い心音を聞き取り、失った命の奔流が体内で甦っていくのを感じ取った。
 なんと勇健な生命だろうか。眩ささえ感じる命の強さに、これまで避けてきた陽光が重なる。
 実際太陽の光の元に姿を曝しても、世間一般で言われているように燃えて消えたりはしない。ただやはり、じりじりと内側を焦がすような熱に苛まれる。人工灯も刺すような眩しさが苦手なだけで、こうこうと明るいのでなければその場に居ることも可能だ。
 よく言う木の杭で心臓を刺すとか、銀の弾で撃ち抜くとか、そんなことをされれば死んで当然だし、ニンニクは臭いがキツイけれども料理には欠かせないものだから使っているうちに慣れたし、聖水だって十字架だって、まともな信仰が伴っていなければただの水にバッテンだ。ちょっとやそっとの怪我ならすぐに治癒するが、身体機能の破壊を狙う物理的な攻撃は死へ繋がる。少しばかり頑丈なだけで、不死身では無い。
 それが人の目を避けて隠れるように生きる吸血鬼の正体だ。
 数日振りのタバコに手を伸ばし、心から堪能する。本当にとんでもないケダモノを拾ってしまったと思うが、後悔はない。それらを差し引いて余りある極上の食事だった。長く楽しむために、ケアも必要だ。
 一先ず、さすがの貧血で目を覚ます様子の無い男のために、レバニラなどはどうだろう。手っ取り早い造血メニューだ。
 時間は深夜だが、近所に二十四時間営業のスーパーがある。いつものようにふらりと出掛け、顔を合わせる者たちの記憶を操作しながら買い物をしてこよう。
 久しぶりに誰かのために腕を振るうのは楽しみだ。
 食べても身になることはないから、人間と同じような食事はしない。けれど作ることは好きだし、味見もするから口に入れる。作っても食べるのは自分しかいない。料理を無駄にするわけにはいかないから、食べる。でも体に取り込まれることはないから、結局は無駄にしているのだと、分かっている。
 永く退屈な刻を過ごすための、唯一気を紛らわせることができる手段なのだ。
 遠い昔、まだ海賊なんてものがこの世にいた頃、威勢のいい老人が料理を教えてくれた。そうだ、彼も命が強い人間だった。片足を無くして尚、そんなことは関係ないとばかりに自由に動き回り、料理を作り続けていた。
 ぶっきらぼうだが面倒見がよく、暖かさのある彼と共に過ごした。自分をちびなすと呼ぶその眼には、きっと小さな子どもが映っていたのだろう。
 不思議と彼はすぐに自分の正体に気付き、だがそれを暴くでもなく、生き血しか受け付けない体を気遣い、血を分け与えてもくれた。そんな人間程、すぐに自分の傍からいなくなってしまう。
 彼は、吸血鬼の自分を庇って同じ人間に殺された。
 怒りにまかせ彼に手をかけた者たちを一人残らず干上がらせ、自身も致命傷を負いながらも逃げ隠れ、自然のエネルギーを借りて長い時間をかけて傷を癒し、またしても生き延びた。思えばあれからだ、直接人間の血を吸わなくなったのは。
 吸血鬼に牙を立てられた者は、吸血鬼になる。そんな下らない噂を信じた人間が、吸血鬼と接触のあった者を片っ端から排除していく。誰が言い出したのかはもう知る由もないが、吸血行為で吸血鬼が出来上がるなら、この世はもうとっくに吸血鬼で溢れかえっていたはずだ。噂はただの噂に過ぎず、仲間を増やす方法が分からないからこそ、今ではおそらくもう絶滅危惧種並の少数派だ。
 真相が分からない事柄は畏怖の対象となり、身の危険に曝される前に排除してしまう。それが、何の力も持たない人間が栄えてきた手法だ。抗えないのなら、避けるしかなかった。
 手元のタバコがジジ、と音を立てたことで、随分と懐かしいことまで思い出していたものだと軽く頭を振る。途中で寝室に移ったので広いベッドに眠ることはできたが、酷い有様だ。おそらくリビングのソファも惨憺たるものだろう。あまり酷ければ買い替えた方がいいだろうか。
 部屋に据え置いた灰皿にタバコを始末し、暗い廊下を抜けてバスルームへ入って行く。照明はいらない。冷たいシャワーを頭から被り、火照った心を鎮めていく。
 項垂れると、体の至る所に残った痕が嫌でも眼に入った。腕から胸から腹から足先に至るまで、吸い付いたり噛み付いたりされた痕が、青白く浮かぶ肢体に赤々と刻み込まれている。

「……随分と、好き勝手してくれやがってまぁ……」

 ヤツこそ本気でこの体を喰い尽くそうとしていたのではないかと、思わず笑いが込み上げた。きっと首筋や、背中も酷いことになっているに違いない。
 顔を上げ、目の前の鏡に両手を着いた。濡れる鏡面を凝視しても、知りたい情報は得られない。映っているのは、滔々と流れていくシャワーの水だけだ。
 物心ついてこのかた、感覚として自身の姿形は知ってはいる。だが客観的に、自分の眼で自分自身を見たことはなかった。