15.REGINA(約2600字)

2015年04月10日 09:37
一番やりたかった警官×美容師。警官要素薄い。半分実話。

 
 


 疲れて帰ると、慌ただしく家を出るサンジと入れ違いになった。

「おかえりおつかれ! メシあるから、食ったら皿浸けといて。んじゃ、行ってくる」
「おーぅ、行ってこーい」

 ばたばたと飛び出して階段を下りていく音が遠ざかるのを確認し、玄関に鍵をかける。
 鞄から昨夜持たされた弁当箱をシンクに出すと、軽い音ががらんと響いた。
 食卓に並ぶ皿には薄らと汗をかいたラップがかかっている。ゾロの帰宅を見計らって用意された朝食はおそらく、電子レンジにかけなくてもいいぐらいの温もりで食べることができるだろう。温めることさえ面倒がるゾロへの、サンジの苦肉の策だった。
 出かける直前までゆるりと火にかけられていたであろう味噌汁をよそい、米を盛り、両手を合わせて有難く頂いた。派出所勤務の夜勤を終えた朝は、大抵こんな感じだ。徹夜の胃に負担のない食事。サンジの内なる優しさが表れていると思う。
 あっという間に完食して、言われた通りというか、皿を水に浸けることはもう既に躾の成果が現れて習慣化していた。なんなら今日みたいに気分が向けば、弁当箱まできっちりと洗ってしまうこともある。たったそれだけのことで帰ってきたサンジは破顔するのだから、できるならやってしまった方が色々と都合がいい。

「さて、シャワーして寝るか……」

 これもサンジの躾と言うかなんというか、汚れた体のままベッドに入るなと口煩い。それぞれの部屋にそれぞれのベッドがあるが、二人で眠るときはゾロのベッドだ。だからきれいに保っておかないと、サンジはその身を任せてはくれないのだ。
 シングルのパイプベッドは男二人を受け止め最近軋みがひどいので、次期に買い替えなければならないだろうと思う。いや、そうなったらサンジのベッドをこっちに運べばいいか、などと大掛かりなことも最近考えている。とにかく、サンジの部屋では眠れないのだ。
 なぜなら、アレがいる。
 考えるのもおぞましいと、小さく頭を振って脱衣所へ向かった。乱暴に全て脱ぎ捨て、勢い良く磨りガラスの扉を開ける。

「のわあああぁぁぁぁぁ!!!!!」

 近所から苦情が来そうなほどの大声を上げ、その場に座り込む。後退ろうにも足に力が入らず、とりあえず風呂場の扉を閉め、その腕で這いずるように脱衣所を出た。全裸であるのは御構い無しに、ずりずりとダイニングキッチンを横切り、自室へもはや匍匐前進である。
 情けないことに、腰を抜かしたのだ。

「ちくしょう、あのヤロウ……帰ってきたら覚えてろ……」

 なんとかベッドによじ登り、汚れたままの体だが構うものかと、毛布を頭から引っ被って目を固く瞑る。先ほどのショックで興奮状態ではあったが、夜勤の疲れは早々に睡魔を呼び起こす。ゾロはいつの間にか深い眠りに落ちていた。



 帰宅したサンジが目にしたものはきれいに片付けられたキッチンと、微かに乱れた様子の室内、自室でこんもりと丸くなって眠るゾロの姿だった。
 もっとも、乱れた室内というのもラグマットと脱衣所のマットが妙に撓んでいるくらいで、どちらかというとベッドの上の丸い物体の方が気になってしまった。
 普段のゾロは大の字で大いびきをかいて眠るのに、これはいやに静かだ。そもそも、頭も毛布の中にすっぽりと隠れており、これが本当にゾロなのかどうかも怪しいと感じてしまう。

「……おーいー、ゾーロー?」

 なんとなく遠慮がちに声をかけてしまうが、これがゾロではなかったらなんなのか、想像するとちょっと怖い。
 毛布に手をかけてめくろうとすると、中でぴくりと動いたのが分かった。

「起きたのか?」

 力を入れて引くと内側からガバッと毛布が舞い上がり、腕を取られてベッドにひきずり込まれた。訳がわからないままに組み敷かれ、唇を塞がれて目を白黒させる。
 ばたつく手足を抑え込まれ、抵抗も無理かと諦めかけたところでキスから解放された。

「テッメ……何しやが……なんてかっこしてやがんだ……」

 自分の上に乗り上げる男はなぜか全裸だった。
 まさかこれを狙って……?

「あ、テメェ汗臭ェ! 汗流さないで寝るなって何度……」
「うるせぇ、てめぇのせいだろうが! おれの見えるところにアイツらを放置するなと何度言えば……」
「あ」

 思い当たることがあるサンジは、口を開いたまま固まってしまう。

「思い出したか」
「……悪ィ。ってか、そ」
「そんくらいとか言うなよ。ダメなものはダメなんだ。なんならてめぇの目の前に黒光りするアレを……」
「ぎゃー! ごめんなさいオレが悪かったです! 今すぐ片付けます!」

 ゾロを押し退けるようにベッドを飛び出し、風呂場へ駆け込む。

「ああ、レジーナ、カンナ、ハルカ! こんなところに置き去りにしてごめんね」

 話しかけているのは三つの、首。
 美容専門学校へ通うサンジの、ヘアカット・アレンジ練習用のマネキンだ。名前は多分それぞれの商品名。でもそんなことはどうでもいい。ゾロとしては、一刻でも早くアレらを目の届かないところにやってほしい。
 サンジは三つの生首を自室へ抱えていく。万が一ドアを開けたときにでも見えるのが嫌だと言ったら、カーテンをかけたスチールラックに収納してくれるようになった。情けないとは思うが、嫌なものは嫌なのだ。

「怖いものなんてないと思ってたお前が、たかが人形が嫌いだって意外も意外だよなぁ」

 呆れたようにゾロの部屋に戻ってきたサンジをギロリと睨む。

「バァさんとこで市松人形の首が落ちてから、そういうのはホント無理なんだよ! 洋物だろうと和物だろうと、あの生気のない目ん玉でじっと見られるのはダメだ!」

 無理、とかダメだ、なんて厳つい顔で言われても、と思う。だけどそれがちょっと可愛いと思ってしまうなんて、いわゆるこれがギャップ萌えというやつか?
 などと悠長に観察している場合ではない。サンジは再び腕を取られ、先ほどと同じようにベッドへ押し倒されてしまった。
 せんべいみたいな布団の下で、パイプベッド板が大きな軋みをあげる。

「どうせシーツも総とっかえだろ? てめぇもぐちゃぐちゃに汚してやる、覚悟しろ」
「なんでそうなるんだよ。オレ、飯の支度……」
「うるせぇ、収まりつかねぇんだ、相手しろ」

 うるさい口はキスで塞いでしまう。
 サンジはちょっとした後ろめたさからなんとなく抵抗できずに、甘んじてゾロの責めを受け入れることにした。少し笑った口許は隠しながら。
 
 
 
end