14.妖刀(約2300字)

2015年04月10日 09:35
ふぉろわ様の「ゾロが刀でサンジが鞘なお刀ゾロサン」から。

 
 


 今は昔の物語。あるところに、人間に恋をした妖が居りました。
 その恋は、神の怒りに触れてしまいました。



 闇深い森の奥に、細く高い悲鳴が響き渡った。
 森の奥へ行ってはいけないよ。魔物に食われてしまうからね。
 言いつけを破ったわけではなかった。ただ魔物はとても狡猾で、少女を暗闇へ誘い込む事など造作もない。
 少女の喉笛に、鋭い牙が今にも突き刺さろうとしている。少女は唇を噛み締め、固く目を瞑った。
 その激痛を覚悟したその瞬間、大きな音と共に目の前の禍々しい気配が僅か離れる。

「テメェ、レディに何しようとしてんだクソ野郎が」

 人の声だ。
 安堵の思いで瞼を上げた少女の目に映ったのは、高く掲げた足を魔物に防がれながらも、余裕の色を浮かべて煙草を咥えた口許を挑発的に上げる、金色の髪の男。この月明りさえ届かない森の闇の中で、全身黒づくめなのに、そこだけ発光しているようにキラキラと眩しい。

「……天使?」

 少女のあどけない呟きに、くるりと巻いた珍しい眉頭を微かに上げて男は笑う。

「嬉しいねぇ。キミにはそんな風に見えるんだ」

 足に力を込めて魔物を突き放し、少女を抱いて後退る。腕の中の少女はぼんやりと男を見上げていた。

「小さなレディ、お名前は?」
「ナミ」
「OKナミさん。ほんの少し、力を貸してくれないか」
「ちから?」
「そう、祈りの力」
「何を祈るの?」
「アイツが、苦しまずに逝けますように」

 そう言って金色の男は、髪に隠れて片側だけの青い目をやんわりと細めた。それがとても綺麗で、こんな状況なのに胸が高鳴って頬が熱い。
 すとんと脇に降ろされ、胸の前で手を組む男に倣ってナミも手を組む。

「在るべき処へお還り」

 男が言った言葉がまるで呪文かのように、ふわりと風が起こり、男の体を包み込んで金の髪を巻き上げる。ぼんやりと輝き始める全身を、ナミは呆然と見上げていた。
 徐々に仰け反るように顎が上がっていく。次いで信じられないことに、男の胸から三本の刀が生えてきた。男はそれを掴むと、ずるりと自分の中から引き抜く。
 白、赤、黒。
 刀に鞘はなく、抜き身の三振りに男はそれぞれキスを与えた。
 ナミはずっと不思議な夢を見ているようだった。男が唇を当てた刀たちはふわりと浮き上がり、光の渦のように現れた大きな男の手にあった。緑色の頭、大きな傷の走った左目。開いた隻眼は金色に輝いている。
 金色の男と同じ色だ、と思った。
 三本の刀は、緑の男の両手と口許に咥えられていて、金色の目はギロリと魔物を睨みつけている。

「頼んだぜ、クソダーリン」

 金色の男の一言がゴーサインとなり、緑の男が突風のように魔物へ向かっていった。それを見送り、金色の男は静かに目を閉じて再び祈りの形に手を組む。ナミも慌てて目を閉じた。
 風の唸る音、地に響く断末魔。
 それらが少しだけ意識を現実に引き戻す。辺りが静かになっても、ナミはしばらく目を開けることができなかった。
 どうなったのだろう。
 恐怖と、ほんの少しの好奇心。うっすらと開けた少女の瞳には、光の粒となって天へ昇っていく魔物の姿が映った。
 緑の男はどこへ行ったのだろう。
 僅か首を巡らせて隣を見遣ると、抱き合う金と緑がいた。金色の男が涙を流し、それを緑の男がぺろりと舐め取る。二人見つめ合い、唇を重ね、少しだけ笑う。

「またな」

 金色の男が言うと、緑の男は現れた時のように光の渦に溶け、残った三本の刀は金色の男の体に埋もれるように消えた。
 一部始終を見ていたナミと目が合うと、男は決まり悪そうに頭を掻いた。

「ごめん、変なもの見せちゃって」

 ナミはキョトンと男を見つめ、それからにっこり笑う。

「ううん、とてもきれいだった。お兄さんたちは恋人?」

 物怖じしない態度に、男は呆気にとられた後苦笑した。

「うん、そう。こうして、たまにしか会えないけど」
「お兄さんの中にいるのに?」
「うん、魔物を還すときにしか出てこれない。魔物を還したら、すぐに戻らなくちゃならない」
「恋人なのに、それしか会えないの?」
「うん、少しだけ……それより、早く帰らないと。お家の人が心配するよ」
「そうだ、ベルメールさんに怒られちゃう!」

 金色の男はナミを抱き上げると、力強く大地を蹴った。
 ふわり。階段一段分、体が浮き上がる。
 一歩。ふわり。二段分。
 ふわりふわり。
 どんどん地表が遠去かる。男は大気を蹴り上げて、空を駆けていた。
 そんな彼の腕の中で、ナミはやっぱりこの男は天使なのだと思った。金色で空を飛ぶものは他に思い当たらない。
 暗い森を一飛びし、あっという間にナミの家が見えた。

「ねぇナミさん。今日のことは内緒にしてもらえないかな?」

 静かに土の上に降ろされ、しゃがんで目線を合わせた男に懇願される。そんな困ったような顔をしなくたって、命の恩人のいうことなのだからきかないわけがない。
 ナミは返事の代わりに白く滑らかな肌に手を添え、頬へ小さなキスを落とした。たったそれだけのことなのに、男の眉はへにゃりと垂れ下がり破顔する。
 お返しのキスを頬に受けぼんやりとしていると、男はあっという間に空を駆け上がって夜空に溶けた。
 金の髪が最後に強く光ったから、星になったのかもしれない。



 今は昔の物語。あるところに、妖と恋に落ちた人間が居りました。
 その恋は神の怒りに触れ、二人は引き離されるか、二人共に神の使いとなるか、選択を迫られました。
 二人は迷わず後者を選択しました。
 人間は刀使いであった妖の三刀の鞘をその身に宿らせ、妖は刀と一体になり、人間の胎内に納まり続けます。
 彼らは旅をし、悪さをする魔物を還すことを使命としました。
 二人が会えるのは、妖が魔物を斬る間だけ。
 束の間の逢瀬を、二人は大事に大事に過ごしました。
 僅かだけ触れ合う温もりを胸に、魔物を探して旅を続けます。
 それは、遠い昔から語り継がれる物語。
 
 
 
end