11.bittersweet

2015年04月07日 14:24
ゾロ誕生日2014
めたくそ甘いです。
 



 几帳面にきっちり二つ折りにしたくせに、ひどく無造作にスツールへ放られたままのピンクのエプロン。おかしなパンダの絵がワンポイントになっている。
 これの持ち主は城を出て、明るい陽射しの下乱暴な言葉で自船のキャプテンへ蹴りを入れている。
 一拍おいて、笑い声。周囲の仲間も一緒になって。
 何がおかしいのか知らないが、この船は笑いが絶えない。狙撃手のホラ話に可愛らしい船医が感心すれば航海士が笑いながらそれを諌め、音楽家のスカルジョークに船大工が乗れば考古学者が呆れたように笑う。誰もが輪の中心になり、笑い合う。
 コックも、つまみ食いをして逃げ回る船長を追いかけ制裁を下し、一服紫煙を燻らせながら、笑顔の仲間たちの輪の中に入る。一緒になって笑いながら、時に彼も輪の中心となる。
 剣士もその中にいたり、喧騒を心地よい子守唄にして眠るのとは半々くらいか。だが今日は、気付けばここに足が向いていた。
 あの男の城であるキッチンは、今は擽ったくなるような甘い匂いに満ちている。ピンクのエプロンを手に取りながら、この匂いと同じで、存外甘い色が似合う男だよな、と小さく笑いが漏れた。
 オーブンでは今まさにケーキのスポンジが、その身を程よく焦がしているのだろう。甘いものを特には好まない質ではあるが、この匂いは嫌いではなかった。
 不意にキッチンの扉が開き、硬い革靴の音が聞こえる。

「お、なんだ、珍しいとこにいるな。てっきりどっかで寝腐ってるかと思ってたぜ」

 天気いいしな、と目を細めて短くなった煙草を口から外す。

「つまみ食いなら、残念ながら全部船長の腹ン中だ。まったくあのクソゴムは油断も隙もありゃしねぇ」

 柔らかな調子で喋っていたかと思うと、急に忌々しげに顔を歪める。相変わらずの百面相に妙な安堵を覚えた。
 二年の歳月を経て、変わりなくいてくれることがこんなにも嬉しい。
 いや、多少は変わったか。

「つまみ食いなら、こっちにする」

 そう言って腰を抱き寄せると、驚くほど素直にその身を任せてくる。至近距離で青い眼を捉えると、とても甘やかに濡れるのだ。
 二年経って変わったのは、ゾロに対してほんの少し甘くなったところか。
 唇を啄んでやれば、躊躇うことなく応えてくる。舌先で触れ合うと、直前まで口にしていた煙草の苦味が微かに流れ込んできた。噎せ返る甘ったるいケーキの匂いに包まれて、ピリッとしたこの刺激がなかなか悪くない。
 深くなりかける口付けに舌を強めに噛まれ、これ以上はと制止される。

「つまみ食いだろ? メインは夜までお預けだ」

 そうやって甘く甘く、優美に微笑むのだ。どこで会得してきたのかはわからないが、どうにもゾロの扱いにも長けてきたように思う。
 ぎゅう、と腰を抱く腕に力を込めて耳許に唇を寄せると、擽ったそうに肩が竦んだ。そんな仕草をも楽しみながら、こちらも鼻にかかる金糸をこそばゆく感じつつ、この男の質に負けじと意識して甘い声を出してやる。

「楽しみにしてる」

 そう言って耳に軽く息を吹き入れてやれば、応戦とばかりに上唇を舐め上げられた。
 ちり、と走る苦味。甘い男から齎されるそれが、とんでもなく美味いと思う。
 ここで切り上げるのはどうにも勿体無い気もするが、甘くてピンクで美味くて少しだけ苦い愛しいこの男が、全身全霊をかけて今日一日を祝ってくれることに感謝をしながら、騒がしくも笑いの絶えない仲間の待つ甲板へ足を向けた。



end