1.【微R】夜明け前(約2300字)

2015年03月26日 17:17
阿部義晴氏(@UNICORN)の「夜明け前」という曲モチーフのゾロサンバージョンです。
 
 
 
 
 
 狭く物がひしめき合う食料庫で息を殺しながら、それでも激しく情を交わした後サンジは、いつものようにぐったりと体を投げ出し意識を手放すように眠りに落ちる。
 幾度体を繋いでも、行為そのものがサンジの体へかける負担に慣れることはなく、熱に浮かされた体から快感の余韻が引いてくると、抗い難い眠りの淵へ引き込まれるのだ。
 体を横たえたまま切れ切れの浅い呼吸が落ち着いてくると、硬く寄っていた眉根も解れてきた。そうして寝息が規則的になったのを確認すると、ゾロは毛布を肩まですっぽりと掛けてやった。
 この細く白い体は寒さに弱いらしく、すぐに体温が低くなる。脚から炎を出してバカでかい敵でも易々と蹴散らすくせに、冷え性ってのはどういうことだとつっこみたいところだが、どうせ耳にも残らないような長い説明だか言い訳を並べて言い返してくるのだろうから、そんなことは言うだけ無駄なんだろう、と考えたことがある。
 ゾロはサンジに掛けた毛布の中に潜り込み、彼と向かい合うように体を並べると、片肘をついて自分の頭を支えた。汗に濡れて額や頬に張り付く金糸の束を指でそっと払っていく。その手を後頭部へ差し入れ、乾き始めた髪をそっと梳いた。
 指の隙間から金色の光がさらさらと零れていく。今度は一束掬い取り、くるくると人差し指に巻き付けると弾力のある毛先が跳ね、弾けて散った。
 そうしているとゾロの体の熱を求めるように、サンジが無意識に擦り寄ってきた。ゾロはその肩を抱き寄せ金色の中に顔を埋めると、柔らかな毛束が鼻先をくすぐった。ゆっくりと息を吸い込むと、タバコと汗の匂いが混じって何とも甘い彼特有の香りがする。口を薄く開いて髪の毛を食み、唇で細い感触を楽しんだ。
 不意に背筋から胸の奥へ、きゅう、とした刺激が走り抜けた。
 こんな時はどうしようもない独占欲が膨れ上がる。このキレイな生き物を胸に搔き抱いたまま、誰の目にも晒さずに隠しておきたくなる。深い青色の瞳に映るのは自分だけでいい。

「誰にも、やんねェ……」

 髪に顔を埋めたまま、掠れた声で囁く。
 ゾロは支えていた腕もサンジの背に回し包み込むように、でも起こさないようにそっと抱きしめて眠りについた。



 * * * * * * 



 サンジの体内時計は気怠さの残る体にも残酷なまでに正確で、いつもの時間にぼんやりと目が覚めた。
 食料庫の船尾側の扉についた小さな丸窓からは、夜明けが近いことを知らせるように青い光が差し込んでいる。うっすらと明るくなってきた庫内で目を凝らすと、大きな口を開けて眠るゾロの横顔が目の前にあった。大の字に伸ばした手足の左腕を枕にしてサンジは寝ていた。
 丸くなっていた自分は毛布を抱え込むように被っていたが、上半身裸のままのゾロは何も掛けずにいたようだ。寒くないのだろうかといつも思うが毎度のことであるし、風邪をひいたこともないのでまあ大丈夫なのだろう。
 サンジは身を預けたままゴソゴソと手を動かし、ぺたりと厚い胸に手の平をつけた。実際ゾロの方が体温は高く、触れると自分よりも温かいのだ。
 手の平の下に僅かに隆起する痕に気付き、そこに、つ、と指を這わせた。
 袈裟懸けについた大きな傷。盛り上がりを辿っていくとゾロがわずかに身じろぎ、サンジの耳許でシャリン、とピアスが鳴った。
 この音が好きだ、と思う。
 普段耳にするのは、チャリチャリとただ金属がぶつかるような音だが、こうして静寂の中、この距離でないとピアスの鳴る音は聞こえない。
 サンジは傷に添わせていた手をゾロの耳許へ持っていき、三連並んだピアスをゆっくり指で払い、涼やかな音色を楽しんだ。

 シャリシャリン…

 この音はきっと、誰も聞いたことがない。ゾロ本人だって、自分のピアスがこんなにキレイな音をたてるとは知らないのではないか。
 サンジは体を起こして煙草に手を伸ばした。火を着け一息吸い込み、煙を肺に沁み込ませてから長く吐き出す。
 空いている手をゾロの頭に移して短く伸びた緑色の頭髪を親指と人差し指で挟むと、指の腹でじりじりと捩った。一見硬そうに見えるその髪は意外と猫っ毛で、しっとりと指に吸い付いてくる。
 きっとこんなことを知っているのも自分だけなのではないか。
 サンジはもう一度煙草を吸い、白い喉を反らすと天井に向かって細く煙を吐いた。

「……死ななきゃ、いいよ……」

 上を向いたまま、小さな声でぼそりと呟いた。
 夢と野望に生きるこの男は、守るものができてから少し変わった。仲間を守るために身を投げ出すことを厭わないだろう。しかし背中に傷を付けるくらいなら、潔い死を選ぶのだと思う。
 きっとそこは変わらないのだろう。
 でも、それでも。
 生きていて欲しいと思う。
 例え背中に消えない傷を負い、そのことでゾロが死ぬまで、死にたい程の屈辱を抱えようとも、生きていて欲しい。
 こんな歪んだ想いで縛りつけたいと思う自分は相当イカレていると自覚している。どす黒い感情を知られたくない反面、知って欲しい思いにも駆られる。
 きっとこの状況も良くないのだ。隠れるように体を重ね、隠し続ける秘密。
 この扉を開け、明るい陽の光の元で見つめ合えたら、また違った思いが湧き上がるのではないだろうか。
「でも」「もし」なんて考えても無駄だと、何度も自答したではないか。
 サンジは軽く頭を振り、煙草を強く吸い上げてから灰皿へ押し潰した。
 開け放ちたいと夢想した扉の丸窓の向こうでは青かった夜が白み始めて、この逢瀬の終わりを告げる。みんなが起き出すまでは僅かに時間がある。それまであと少しだけ、寝かせていてあげよう。
 なによりもサンジ自身が、このひとときが過ぎ去ってしまうのを惜しんでいた。
 あと少しだけ、おやすみ。



end