5.【考古学者】花を乞う人(約6600字)

2015年04月16日 08:44
ロビン誕生日2015
サンジくんとロビンちゃんはお互いを嫌い合っている、というお話。
 
イメージ曲というか、あったんですよ。
米津玄師 / 花に嵐 歌詞
オリコンミュージックストア(視聴できます)
 
 
 
 
 
「二人はよく似てるな」
 
 珍しく定位置の獅子頭から離れていた船長は、唐突にそんなことを言った。どこが? と聞いてもどうも的を射ない、もやもやとした答えが返ってくるばかりだ。
 
「んー、ふいんき?」
 
 腕を組んで首を傾げながら、最終的にはそれこそ雰囲気だけで選んだような言葉を更に間違って口にする。
 その様子に、ロビンに紅茶をサーブしながらサンジはくるりと巻いた眉根を寄せた。
 
「お前それ、雰囲気、だろ。もうちょっと言葉覚えろよ」
 
 そうだっけか、と覚えるつもりもない顔と返事でにししと笑う。
 そんな船長を微笑みながら見つめ、ロビンはティーカップを両手で支えながら口を開いた。
 
「それで、私たちはどんな雰囲気なのかしら?」
「んー……そう言われっとよくわかんねぇけど」
 
 深く考えることを得意としない彼は、何度も左右に首を倒しながらも早々に考えることを放棄した。
 サンジが呆れたように嘆息する。
 だが「あ、でも」と少し自信ありげに顔を上げて、船長はサンジとロビンを交互に見遣った。
 
「あんまり俺の好かないふいんきだな!」
 
 ふん、と鼻から息を吹き出しながら胸を張った船長に、サンジは目を丸くし、ロビンは「あら」と小さく口を覆ってから笑った。
 
「ルフィ、それは覇気で分かるものなの?」
「いんや。なんとなくだぞ」
「ふーん、相変わらずそういうの敏いよな、お前」
 
 給仕を終えたサンジが煙草に火を入れながら、感心したような声を出す。
 和気あいあいと楽しそうに会話している中で、工房支部と名付けた台の上で何やら奇怪なものをこねくり回していたウソップだけが、少し離れた所から訝し気に三人を見ていた。
 ロビンの花壇の前にパラソルを広げ、いつものように優雅なティータイムだ。この場にナミがいたなら、即ツッコミが入っただろう。だが彼女は測量室で海図と向かい合っている。サンジは既に彼女へお茶を運び終えていた。だからこそルフィの戯れ言に付き合っているのだ。
 いやいや、それよりだ。サンジとロビン二人の雰囲気が似ているというのは、ルフィの感覚として感じたというところまでは分かる。だがそれは野生動物のような彼にして「好かない」ものであるという。それって、あんまりイイ意味じゃないのでは? でも三人とも楽しそうに話している。
 うーんうーん、と先程のルフィのように首を左右に忙しなく傾げるウソップに、今度はサンジが訝し気な視線を向けた。
 
「何やってんだ、お前。自分でも訳分かんねぇモン作ってんじゃねぇよ」
「はぁ!? 何を言ってくれてんだ。これはだなぁ、釣りをする上で……」
「お、ウソップ! なんか新しい装置か?」
「おう! あのな、コレが……って、そうじゃなくて!」
 
 パン! と裏手でルフィの胸を打つ。
 
「俺様の素晴らしい発明品は置いといてだな。ルフィ、好かないってのはどういうことだ? お前が仲間に対してそう感じるってのは、なんか相当なことだと俺は思うんだが」
 
 ルフィの顔をぐいと覗き見、それからサンジとロビンの顔を交互に見る。
 
「お前らも! 否定しないってのは何だ。一体何のことなんだよ、二人だけで分ったような顔してよ」
 
 面白くないというように捲し立てるウソップに、ロビンは少しだけ困った顔をしてサンジを見上げた。タバコを咥えながらサンジは眉をくいと上げ、問題ないというように笑う。
 だからそういう、アイコンタクトとかがだな……と思うが、流れを切りそうだったのでウソップは口を噤んだ。ロビンがふふ、と笑った顔を見て、その笑い方がサンジと少し似ているかもな、とも思った。
 
「サンジはね、私のことがキライなのよ」
 
 徐に口を開いたロビンから発せられた言葉に、ウソップは意味が分からずにたっぷり数十秒考え込む。それでもやっぱり理解し難く、眉間に皺を寄せてロビンのパラソルの元へ這い寄った。
 
「キライって? お前のコトを? だって、このサンジだぞ?」
 
 ビシィッと人差し指で差され、サンジはムッとしてその指先を払う。そうされながらも尚もウソップの口は止まらない。
 
「女好きで、女至上主義で、女尊男卑で、その中でも女神とか言いながらナミと共にお前を崇め奉っているサンジだぞ? こいつがお前のコト、キライだって?」
 
 捲し立てるウソップの横で、ルフィは逆に得心がいったと言うように表情がスッキリとしてきた。そしてあっけらかんと口を開く。
 
「そっか。そんで、ロビンもサンジのコトキライなんだな?」
「まぁ、そうだな」
 
 短く答えたサンジに、ウソップは目を剥いてまたしても指を差した。
 
「おおおおお前がー! ロビンに嫌われているという事実をー! そんなあっさり受け入れてるってどういうコトー!?」
「うるせぇよ、テメェ」
 
 今度は指を払いながら額の正中にデコピンをかましそれが見事にヒットして、ウソップは仰け反った後に額を抑えてもんどり打って転がる。それを指差して大笑いしているルフィに、恨めしそうな顔を向けた。
 ルフィはにしし、といつもの笑い方でウソップの肩をバンバンと叩く。
 
「なんも心配いらねぇよ。コイツら嫌い合ってるのは、似た者同士みたいなヤツだから。俺もそれ、嫌いなヤツだけどな。でもお前ら強くなったし、少しはマシになっただろ?」
「どうかしら。そうだといいけど」
「まぁ、強くはなってるけどな」
 
 いつものように悠々と微笑むロビンに、自信ありげに煙草をふかすサンジ。そしてすべて分かっているというように豪快に笑うルフィの横で、やっぱり訳のわからないまま肩を落としたウソップ。
 
「いいよいいよ、もういいよ。お前らだけで分かり合ってればいいじゃねぇかよチクショウめ」
 
 拗ねたその姿を見て、サンジとロビンは顔を合わせて小さく笑った。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 叩き付けるような雨足に掻き消され、扉を開ける音さえ気付かなかった。吹き込んできた風雨の叫びに漸くそちらへ目を向けると、乱れる黒髪を片手で押さえた細身の体が滑り込んでくる。
 濡れてぐちゃぐちゃだ、と思った。
 サンジはすぐに席を立ち、タオルを取って手渡す。ロビンは小さく微笑んで受け取り、上から押さえるようにして水気を拭き取っていった。
 その間キッチンに立ったサンジは湯を沸かし、手早く温かなミルクティーを用意する。テーブルの定位置についていた彼女の前に一つ、向かい合わせに座った自分の前に一つ、カップからは白い湯気がのんびりと立ち上っていた。
 耳に届くのは身を切られそうな風と、パチンコ玉をパラ巻いたような雨の音。暫く二人は何も言葉を交わすことなく、交互にカップに口付けた。温かくほんのりとした甘さが喉を通り、じわじわと体を温もらせていく。
 時折大きく揺れる船体にも、上手く身を任せることができるようになってきた。それくらいには、海の上の生活に慣れてきたのだと思う。
 身を強張らせるような、刺すような緊張の中でする航海はもうしなくていい。こんな嵐さえとてつもなく心地好いと感じる。
 羊頭の船は無理なくその船体を風雨に任せて、昏い海の上で揺らめいていた。優秀な航海士によれば航路と海流の相性がとても良く、無理な操舵は必要ないということだ。
 小さな見張り台には志願した船長が雨具を着込み、サンジの用意した保温された飲み物で体を温めながら嵐を楽しんでいた。
 ルフィは嵐の夜、好んで見張りを買って出る。こんな夜はキッチンの灯りが消えることがないことを知っているからだ。昏い海と仄かな明かりのキッチンを交互に見やって夜を明かす。なんとなく、そうするべきだと思うのだ。どうしてそんなことをするのか誰も知らないし、知らなくていいと思っている。
 サンジが誰にも言わずに、嵐の夜を一人で過ごしているように。
 だけど今日は、すらりと背の高い人影がキッチンへ入って行った。ロビンなら、何かが変わるかもしれない。それが良いことか悪いことか、どちらに転ぶかは分からない。でも、変わるというのはとても大切なことなのだと、理屈じゃなく本能で感じる。
 サンジにとっても、ロビンにとっても。
 ルフィは目線を海にだけ向けた。
 キッチンでは残り僅かになったカップの中のミルクティーを、弄ぶようにくるくると回すサンジが無言のままだった。ロビンが来てから一言も発していない。考えるよりも先に彼女たちを讃える言葉が口をつくこの男が、全くもって浮かれもせずに黙っている。それを普段のサンジを知る者であれば不気味にも捉えるだろうが、ロビンはまた違う印象で見ていた。
 
「おかわりを頂けるかしら」
 
 差し出されたカップを小さく笑いながら受け取り、サンジはシンクへ向かった。テキパキと用意するその後ろ姿は普段と変わりないように見える。けれど、こちらを向いた途端に感じる不安定さは、どこか危うさを孕んでいた。
 ティポットから注がれる暖かな液体。立ち上る白い湯気は、船体の揺れに合わせて霞んでいく。サンジは自分のカップにも、僅かに残った物の上から新しい温もりを追加した。
 席に着くと、大きく揺らいだ。ザ、と雨とは違う、波が壁を打つ大きな音が響く。
 サンジの心臓が軋んだ。
 嵐の音は、警鐘に似ている。すべてを飲み込み、大切なものを根こそぎ奪う。終わりの見えない苦しみを連れてくる。身を守らなければ、仲間を守らなければ。
 だから嵐の夜は眠れない。
 もう、失くしたくない。
 知らず硬くなっていた体、握りしめていた拳の上に、長い指が触れた。拒否の動きがないことを確認して、掌で包み込まれる。冷たいのは体が冷えているからだろうか、それとも生まれ持った質なのか。
 
「何か、落ち着く方法は? 煙草はどうしたの?」
 
 煙草を覚えたのは、嵐の後だ。だからなのか、あんなに切らすことのできない煙草を、この時ばかりは体が受け付けない。そんな些細なことでつくづく情けなくなる。
 
「つまらない話を、しましょうか」
 
ロビンは胸元のポケットから何かを取り出して、サンジの前にそっと置いた。
茶色く枯れたような細い茎の先に、同じような色の丸い塊。
よく見ると細い花弁が密集して、玉のようになっていた。
 
「この花を知っている?」
「いや……」
 
 特定の地域に生息する、繁殖力の強い雑草。背が低いので他の草に埋もれ、色も地に似て目立たずに生息する。
 誰もこれが花だとは気付かない。
 
「生きていても、萎れてしまっても、見た目はほとんど変わらない。この花の部分が硬くなってしまうくらいかしらね」
 
 指でつつくと、コツコツと音がするほどだ。
 
「花だと思われていない、そもそもその存在にも気付かれていない。だから名前もないし、意味のある言葉もない。それに、」
 
 とても不細工だわ。
 
 ロビンらしからぬ言い回しで、花のことを言った。
 サンジは少しだけ目を瞠って彼女を見、視線を花に落とす。手に取るとカサ、と渇いた音が鳴った。
 
「ねぇロビンちゃん。オレはね、君のことが、キライだよ」
「えぇそうね、気付いていたわ。私もよ」
 
 二人は手を重ねたまま、視線を合わせず、船の揺れに身を任せ、そして笑っていた。
 カップの中身が時折跳ねる。
 
「あなたは、人のために命を落とすことをなんとも思っていないでしょう? 私は、あなたのそんなところがキライよ」
「そうだね。オレは、ロビンちゃんが自分のことをどうでもいいと思っているところが、キライだよ」
 
 例えばゾロは、命に関わるような無茶をする。でも、絶対に死なない、死ぬことを考えていない。死んだらそれまで、と口では言っているが、死ぬつもりの人間はそんなことは言わない。
 他のみんなも人のことを助けるけれど、根本は彼と同じで先を見ている。
 生きるための前向きさが、彼らの中にある。
 
「彼らと、私やあなたが決定的に違うのはそこよ」
「オレらのこれは同族嫌悪、ってやつかな」
「この嵐があなたを苛んでいるように、私にも逃れられない恐怖がある。みんなそれぞれ何かを背負っているけれど、私が背負うものとあなたが背負うものはきっと似ている気がするの」
 
 誰かのために、たった一人への恩のために死ぬのだと思ってきた。
 生きているだけで罪なのだと言われ続けてきた。
 自分自身を責める生き方を、これまでしてきた。
 長い時間をかけて組み上げた思考と反射は、すぐには改めることはできないけれど。ほんの少しだけ、生き方を曲げてみてもいいのではないか。
 
「この花は、私たちに似ていると思って」
 
 枯れたのと同じ色をして、丸く閉じた部分が既に咲いた状態である、歪な花。枯れて尚、固く閉じこもって体を丸くする。
 誰にも見向きもされないこの花を、必死に研究している者をロビンは知っていた。
 
「その人はとてもしつこい人で、何が何でもこの花の生態を調べ上げるんだって言ってたわ」
「なんでそんなに執着したんだろう」
「好きだから、ただそれだけだって。こんな物言い、誰かに似ていると思わない?」
「あぁー……」
 
 今夜も嵐の中、展望台に嬉々として立つ男。
 彼に強引に連れ出され、魅了された。
 
「この花には秘密があってね、私も聞いただけだから見たことはないんだけど。でもきっと、一目見たらすぐにそうだって分かると思うの」
「ロビンちゃん?」
「いつかこの航海の中で見つけたら、あなたにも見せてあげたい」
 
 きゅ、と拳の上の手が強く握った。あんなに冷たいと思ったのに、気がつけば暖かな熱が伝わって来る。
 サンジは拳を解き、小指を立てた。
 
「うん、教えて。約束」
「約束ね」
 
 ロビンが絡めてきた小指を、二度三度と軽く振った。
 いつの間にか体の緊張は解け、顔の筋肉まで和らいでいる。きっと今は、自然に笑えているだろう。
 自分を偽らずに晒け出せるのは、とても心が軽くなる。
 嵐は、少しだけ怖くなくなった。
 
 
 
 
 
*****
 
 
 
 
 
 船長が言い出したことで、懐かしいことを思い出した。言い出しっぺはすでに話題に興味がなくなり、いじけたウソップを連れてチョッパーを探しに行ってしまった。また騒がしくなるな、とサンジは溜息をつく。
 トレイを持ったまま遠く海へ視線を向けているサンジの袖を、ロビンが小さく引いた。
 
「ん? 何、ロビンちゃん」
 
 椅子から少し見上げるように見つめてくる、アイスブルーに縁取られた大きな黒曜の瞳。色々なものを見透かされているようだと、以前から感じていた。それが苦手だった時期もある。
 
「まだ、私のことがキライ?」
 
 ふんわりと、いたずらっ子のように微笑む。ちょっとした意地悪をしたいときの顔だ、と分かってしまうくらいには、自分たちはよく似ているのだと改めて思う。
 
「ロビンちゃんだって、同じくせに」
 
 煙草のフィルターを噛んで口端を上げると、ロビンは「そうね」と言って目を細めた。
 
「長年抱え込んできたものだから、たとえこの二年があったとしても、完全に消し去ることはできないものだと思うの。それでも」
「そうだね。オレたち、みんなに少し近づけたんじゃないか?」
 
 生きるつもりで命をかけるということ。そうすることができる強さを身につけてきたと、胸を張って言える。
 
「ただ、キャプテンにはまだ不満があるみたいだけどね」
「ふふ。彼は欲張りだから」
 
 ロビンは掴んでいた袖からサンジの手を取り、小指を絡ませた。
 
「少しは眠れるようになった?」
 
 それだけで、サンジもあの嵐の夜を思い出す。
 
「少しだけ。横になれるようになったよ、ロビンちゃんのおかげで」
「そう、良かった。……ねぇ、覚えている? 花の話」
「もちろん。とても楽しみにしてるんだ」
「もしかしたら、近いうちに見せることができるかもしれないわ」
「本当? 嬉しいな」
「私も、約束を果たせそうで嬉しいわ」
 
 不細工な花の秘密を教えてあげたい。
 固く密集した丸い花弁の塊が、満月の光を浴びて綻ぶ。枯れたような茶褐色の花弁の内側は夜露のように濡れた藍をして、花粉が月光を吸い取って蛍のように輝きながら舞い上がるのだという。
 誰も知らない、気にも留めなかった花を調べ上げた学者は、ロビンにその花の秘密を教えてくれた。
 
『君はその花とよく似ている。匂いまでそっくりだ。君には是非、この花の本当の姿を見て欲しい』
 
 そう言って、枯れて尚姿の変わらない花をくれた。
 幼い自分を庇って命を落とした学者が託してくれたもの。
 
「私もまだ、花の本当の姿を知らないの。色も、匂いも」
 
 だけど、伝えたい。自分によく似たサンジには知って欲しい。自分を支えてきたものの一つを。
 きっと同じ思いで見ることができるだろう。
 
「うん、一緒に見よう。ロビンちゃんの、大切な花」
 
 絡めた小指に軽く、力を込めた。
 潮風が、ほんの少し甘くなった。
 
 
 
end