4.【R-18】欲望の種(約9400字)

2015年04月22日 02:18
もう続かないと思っていたゾサルサが続いてしまいました。
が、多分もうこれで終わり、のはず。多分、多分…
安定の女々しサンジがメソメソ泣いてるのと、ちょっと首しめ的な表現がありますのでご注意ください。
 
 
 
 
 
 ゾロはサンジに触れなくなった。
 正確には、明確な意図を持った触れ合いを避けているようだった。
 抱き締めあって、キスをする。だが、それ以上はしようとしない。サンジから誘おうとしても上手くはぐらかされてしまう。
 原因はきっと、ルフィと肌を合わせていることなんだろうと思う。
 ルフィとの情事はいつも喰われているように錯覚する。触れるのを躊躇っていた期間を埋めるように、貪るように体を拓かれる。能力者の特性を活かして無茶な事もしてくる。苦痛や、そこから齎される快楽に歪むサンジを見て、本当に嬉しそうに笑うのだ。
 自分しか知らない、ゾロにだって見せたことのない顔を、サンジを独り占めしている愉楽に陶酔する。欲望と独占欲を満たして、ルフィは至極満足していた。
 そんなルフィを僅か怖いと思いながらも、彼を満たしているのが自分であると、サンジもまた喜びをその身に湛えていた。だが満たされないのはやはり、ゾロに避けられているという状況だった。
 自分がこんなに色欲に塗れた人間だったのかと一時は絶望にも似た思いだったが、二人共にこの手に掻き抱いて、想いを感じていなければ満たされなくなってしまったのだ。なんて強欲だろうと我ながら呆れるが、抱きしめてくれる四本の腕がサンジをずぶずぶと欲の沼に沈めていくのだ。
 均等に愛されたいというのは傲慢だと分かっているが、サンジ自身はどちらも優劣つけることのできない愛しい存在だと思っているし、伝えてきたつもりだ。だからこそ、ゾロと体の芯から触れ合えないのは、体の半分が燻ってじくじくと爛れていくようで切なく、辛かった。
 この体を初めて拓いたのは他でもないゾロだ。苦痛を快楽に変換するのも、そのスイッチがどこにあるかを探り当てたのもゾロで、なんでもない場所までも悦ぶように自分を作り変えたのはゾロなのだ。
 ゾロが足りない。ちゃんと、触れて欲しい。
 そんな想いを見透かしているのか、隙間を埋めるようにルフィが抱きしめてくる。寂しさに縋ってしまうことがまたゾロを遠ざけているのだろうと分かっているが、人肌の温もりを知った体は向けられる熱を拒むことができない。仕方ない、こちらも愛しいのだから。
 けれどやはり胸に巣喰う寂寥を拭えずに、サンジはルフィの下で涙を流すことが多くなった。
 
 
 
 
 
 ルフィは掌に、ぷつりと小さなしこりがあることに気付いた。痛くも痒くもない、いちごの種ほどのそれを本人は全く気にすることはなかった。だが早々に違和感に気づいたのはルフィ自身だった。
 ふと気づくとそのしこりは僅か大きくなっていて、そこからとても細い蔓が生えてきた。まるで生きているようにうねうねと蠢くそれに驚き、引き抜こうとするがどうしてか触れられない。はっきりと見えているのに、すり抜けてしまうのだ。
 サンジに見せてみるが彼には見えておらず、手のひらには何もないと言った。チョッパーさえも同じように反応し、調べてみると言ったが見えもしないものは見当のつけようがなく、珍しく眉間に皺を寄せたままのルフィに近寄り難さを感じて戸惑った。
 いつも朗らかに笑い、悪びれず、直情的に感情を表すルフィが何を考えているのかわからない。それはどこか言い知れぬ危うさをチョッパーに感じさせた。ルフィに巣食い始める見えない植物のようなものが、ルフィの何かを少しずつ変えていると。
 そのことを感じていたのはチョッパーだけではなかった。夜毎求められ、それに流されるように応えていたサンジも、ルフィのわずかな変化をその身に受けていた。
 焦燥、苛立ちをぶつけられ、サンジの体は疲弊していく。掌のことがルフィをそうさせているのかとも思うが、しかしサンジにも見えはしないものだ。
 ルフィは一度サンジに見えるかと訊いた以降何も言わなかったから、なくなりはしないが別段変化はないのだろうと思っていた。チョッパーにも相談はしているようだし、現時点ではどうしようもないものなのだと。
 体を拓いて、限界まで拓かされて、凶暴なルフィを受け止めて。それさえも、満たされない今のサンジにとっては悦びに変わっていく。
 この身の浅ましさに、胸の内に生まれた小さな嘆きが、何かと同調したような気がした。
 
 
 
 
 
 何に対してか分からない後ろめたさに、近頃はサンジの顔を見ることができず、その背を抱くようにして貪っていた。
 獣のように四肢をつかせ、脚を開かせて割り入り、腰を強く掴んで揺さぶる。支配者の欲を滲ませて後孔を抉り続けていると、初めは耐えて呻きを漏らすだけだった口許が、堪えきれずに甘い声を上げ始める。それを聞くと全身の毛が逆立ったようにゾクゾクと快感が走り、中心をまた昂らせた。
 それを感じ取ってサンジもまた繋がった部分から肌を粟立たせ、淡く染めた色をわずか濃くして熱を上げる。その変化を掌に感じながら、一際強く、乱暴に突き込んでやれば高い声を上げて啼くのだ。
 
「お前、ほんとこういうの好きだよな。俺だけで満足できてんのか? ゾロにもちゃんと可愛がってもらえよ」
 
 二人が繋がっていないことを知りながら、そんな言葉を吐く。サンジの心臓が跳ねたのも敏感に感じ取るほど密着して、深く深く、苛む。
 啜り泣き始めたその声を心地いいと感じるようになったのはいつからだろう。この繋がりに、心は介在しているのか。
 僅か生まれた疑問も、快楽の前にすぐに霧散する。
 上から叩きつけるような拔き挿しを繰り返し、涙に掠れた声を聞けば、凶暴な欲はむくむくとどこまでも大きくなる。
 
「やらしいな。こんな犯されてるみたいにしても、気持ちィんだろ? 言ってみろよ、イイって。こういうの大好きだって」
 
 どこまでも、貶めたい。
 陥落させて、自分だけを感じていればいいと思う。
 この感情は、なんと言っただろうか。
 サンジは硬い床に額を擦り付けながら、切れ切れの呼吸で必死に言葉を紡いだ。
 
「正直、足りてねぇ、よ……お前のスペースは、満タンだけど、アイツが、足りてねぇ……」
 
 首だけで振り返るその顔は、途轍もない情欲を孕んでいて。
 
「もう、破ってくれよ……アイツの分も、満たして。オレを、いっぱいにして。空っぽの部分が苦しくて、苦しくて……堪らないんだ」
 
 この時ルフィの中に湧き上がっていたのは、僅かな優越感と、抗い難い、嫉妬。
 涙に滲む青の中に映る顔は、酷く歪んでいたと思う。
 子供染みた独占欲を打ち砕く、サンジの、ゾロへの想い。自分の知らない、踏み込めない領域が存在しているのだと思い知らされる。
 二人が築いて来た、二人の時間、繋がり。それは侵すことのできないもので、そこにどうして自分は居なかったのかと、しても仕方のない後悔ばかりが渦を巻く。
 そして知らず、凶悪な感情に支配されていく。
 全てが手に入らないのなら、いっそ。
 
 
 
 
 
 体中をさわさわと弄られたかと思うと、その手は一気に首に纏わりついてきた。頸動脈と咽頭を初めは緩々と、その位置を確かめるように。
 締められている、と自覚した瞬間はもう苦しに身動きがとれなくなった。気道がじわじわと狭まると呼吸もままならなくなり、次第に頭の中が霞んでいく。
 体中が強張り後ろを締め付けたようになると、入っている質量がぐんと上がった。興奮で大きくなったのか、そう感じただけか。禍々しさを感じるほどの凶器は動きを止めず、締め付けに負けじと出入りを繰り返して行く。
 それが、これまで感じたことのないような快感だなんて。
 一際奥に強く突かれ、項に咬みつかれた。まるっきりケダモノだ。それを、自分は悦んでいる。
 恍惚とした意識の中で、このまま、逝ってしまうのもいいかと思った。
 ゾロに触れてもらえないような、肉欲に塗れた穢い自分は。
 ルフィにらしくない、こんなに辛そうな顔をさせているどうしようもない自分は。
 消えてなくなればいい。
 暴力的な快楽に溺れたまま、うち捨てるように殺してくれたら、いい。
 項に何度も食い込むその犬歯で、千切り、無尽蔵の胃の中に全て収めてくれたなら。それだけでもう、思い残すことはないんじゃないかな。
 容赦無く増す絞めつけに呼吸は完全に遮られ、全てが白く灼き切れた。
 
 
 
 
 
 いっそこの手で、全てを奪ってしまえば。そうすれば、このどうしようもない飢餓は癒えるのだろうか。
 昏い想いに囚われた刹那、それは一気に意志を持ったように動き出した。掌で蠢いているだけだった細い蔦は、サンジの腰を掴んでいた手からものすごい速さで蔦を伸ばし腹を、脇をするすると上り詰め、白く晒された首に何重にも巻き付いた。蔦が首を絞めているのだとは、徐々に苦しげな様子を見せるサンジと、繋がった秘部が締め付けを増してくることからも明らかだった。
 細く蠢く蔦はルフィの両手までも巻き込んでサンジの腰に絡みつき、離すことができずに事実上拘束された。腰を掴む掌が、じっとりと汗を滲ませる。
 蔦がサンジの喉を絞り上げ気道を塞いで行くほどに、胎内に埋め込んだ楔も搾り取られるかのように蠢く熱に翻弄される。その快感に欲が膨らむと、また一段と吸い付き、根元から締まる。
 快楽の波に流されこのまま昇り詰めたら、きっとこの手の中のものは全て自分のものになる。それは例えようもない幸福だ、と思考したところで、驚くほど急激に熱が冷めた。
 幸福。
 それは本当に自分が望んでいることなのだろうか。サンジの全てをこの手で奪うということはサンジを失うことだと、どうして気付かなかったのか。
 呆れたように笑う顔も、煙草の匂いのする手で頭を撫でられることも、縋り付いてくる腕も、甘く蕩ける青で見つめられることも、この温かな体を抱きしめることも、抱きしめられることも。
 何もかも失くしてしまうのだ。
 拘束され動かない手で腰を支えたまま、ルフィは体を倒して自分よりも少し大きな背に密着した。ぐぐ、と更に奥を抉ることになり、胸の下の体がビクビクと跳ねる。増す締め付けに眉根を寄せながら、白い首に巻きつく蔦目掛けて口を開き、がぶりと噛み付いた。
 手が使えないだけでなく、これまでも触れられなかったものだから無駄かもしれないと思ったが、それでもどうにかしなければと思ったのだ。サンジの首を絞めているこの蔦をなんとかしなければと。
 咬み千切ろうと食いつくがやはり全く手応えはなく、普段金糸に僅か隠れる白い項に何度も歯を立てるだけの結果になる。そうこうしていると体からは突然力が抜け、支えていた四肢は脱力して崩れ、上からの重みに耐えかねて潰れてしまった。
 伸し掛かるルフィは手が自由にならず、上手く体を起こすことができない。
 
「お、い……サンジ? 返事してくれ、サンジ」
 
 声をかけても、体を揺するように動かしても、何も反応がない。ザッと血の気が引く音がした。
 遅かったのか、もう失くしてしまったのか。
 身動きが取れない自身を見失いそうになった時、扉の向こうで微かに気配が動いた。そうだ、この男はずっと傍でこちらを伺っていたのを失念していた。
 
「……ろ、ゾロ、ゾロ! 俺を斬れ!」
 
 声を上げると同時に扉が勢いよく開き、一陣の風が飛び込んできた。キン、と澄んだ硬質な音と微かな唸りがルフィの耳元を掠めたかと思うと、触れられなかったはずの蔦がバラバラと細切れになって落ち、拘束されていた手も自由になった。
 慌てて体を起こそうとするが繋がったままの下肢はぎちりと食い締めていて抜くことができない。その状況をいち早く理解したゾロが二人共を抱き起こす。
 
「支えてろ」
 
 触れた胸は弱々しくも鼓動を感じたから、きっと失神しているだけだと即座に判断する。
 ルフィを座らせてサンジの背を預け、顔を上向かせて鼻を摘まみ、口から空気を吹き入れた。胸が大きく膨らみ、次いで強く咳き込んでサンジは意識を取り戻す。その様子にルフィは深く安堵した。
 サンジは激しい咳の合間にゾロの姿を認め、微かに笑ったようだった。ゾロの上衣を握りしめ肩口に額を預けて、何度も息継ぎを繰り返しながら呼吸を整えていく。
 落ち着きを取り戻しかけて、再び体がぎくりと強張った。銜え込んだ部分の力が抜けず、意思とは無関係に締め上げて自らにも苦痛を齎し、それがまた体全体に妙な力を入れさせるという悪循環を産んでいる。
 ゾロは小さく嘆息し、ふわりとサンジの頭を撫でた。そうしながら戸惑っているルフィに声をかける。
 
「できるだけ力抜いてろ」
 
 小さく頷いてゆっくり息を吐き出したルフィを確認し、今度はサンジの顔を上向かせた。
 
「今楽にしてやるから。おれの言う通りにしてろ」
 
 ガチガチと歯の根の合わない口端から中へ親指を割り込ませる。強く奥歯で噛み締められるが構わず、指の間分開いた隙間から舌を差し入れ、上顎の柔らかな部分や歯の裏、舌の付け根まで、届くところをくすぐるように刺激していく。空いた手で、痛みのために萎えてしまったサンジのものをゆるゆると刺激し、快感だけを追えるように導いてやる。
 そうしていると徐々に強張りが解けていき、噛み締められていた親指も解放された。弛緩していく口許に深く吸い付き、小さく零れ出す声を飲み込むように咥内を弄る。先程まで掠めるように刺激していたところを少し乱暴に擦り、強く根元から舌を吸ってやれば「んん」と眉根を寄せて眦を微かに濡らした。
 優しく扱いている前をそのままに、頃合いを見計らってサンジに声をかける。
 
「力抜けてきたな。今度は少し息んでみろ」
「んぁ……?」
「突っ込まれるときみてぇに、腹に力入れるんだ」
 
 ぼんやりとしながらも下腹をするりと撫でられると、自然と言われた通りに力が入る。その筋肉の動きを掌に感じてサンジの体を持ち上げると、多少の苦痛はあったようだがずるりとルフィの凶器が抜けていった。
 勢いそのままにサンジを抱き込み、ゾロは尻をついた。ふぅ、と大きく息を吐き、ピクピクと震える体を腕の中に囲う。冷えていく白い背を摩り、耳許に「もう大丈夫だ」と優しく声を落とすと、縋り付くように首に腕が絡んできた。
 
「ゾロ……ゾロ、ゾロ……、ろ……」
「あぁ、ここに居るから」
 
 子供返りでもしたかのように幼い様子を見せるサンジの後ろ姿に、ルフィは言葉を失う。何より、先ほどまで巣食っていた凶悪な感情に驚いていた。湧き上がった幼い独占欲から、してもつまらない嫉妬でサンジを言葉と行為で虐げ、それが悦楽だったなど。
 どうしてそんなことができたのか。
 いつからそんな想いに囚われていたのか。
 サンジを奪うという昏い欲望は、いったいどこから。
 この手で奪ったとして、それはサンジの全てではないことは分かっていたのに。初めてこの体を抱いた時から、いや、それよりももっと以前から。
 彼が共に船に乗る時から、言葉ではないもので感じていたはずだった。
 ゾロへの想い、ゾロとの交わり、心と体の充足と安寧。
 二人が、二人で築き上げてきた時間、空気。
 それでもいいと、寧ろそれこそがサンジを構成する重要な一部になっているのだと、本能で分かっていたのだ。だからゾロを想うサンジも、サンジを想うゾロも、自分にとって大切な要素だったのだ。
 嫉妬なんて、子供染みた独占欲なんて、露ほどもなかったのに。それを見失ったのは、いったいいつから。
 
「サンジ」
 
 呆然とした声音で、顔の見えない相手を呼ぶ。汗が引いて微かに震え始めた体が青白く夜の闇に浮かび、ルフィの声に大きく肩を揺らした。
 その様子にずきんと胸が痛む。
 全てをぶち壊したのは自分だ。サンジとゾロの穏やかだった関係も、サンジと自分の新たな交わりも、ゾロとの絶対的な信頼関係も。
 抑えられなかった欲一つで、取り返しのつかないことになっていた。永遠に失くしてしまうことは避けられたが、彼がもうこちらを振り返ることはないかも知れない。
 ルフィは両手を拳にして強く握った。
 
「正気に戻ったか」
 
 静かに響く声で、ゾロが話しかけてくる。強く光る隻眼は、多少の困惑の色を浮かべているように見えた。
 頷いたルフィはその色の意味を探るが、すぐに見て取れた。背後の存在に恐怖を抱きながらも、これまで触れられなかったゾロへの欲を滲ませ始めている、サンジの気配。
 満たされないと嘆いていた。
 代わりに満たせと、泣いて請われた。
 やっとその胸の中に囲われ、サンジは抑えきれなくなっている。
 ルフィはそっと気配消した。サンジが自らを解放できるように。
 けれど、その場から動くことはできなかった。見ておかなければならないと思った。
 自分の中に彼らを灼きつけなければ、この先何にも向き合えないと思った。
 
 
 
 
 
 深く寝入ってしまったサンジを身綺麗に整えて格納庫に残し、二人は甲板で黒い海を見ていた。停泊中の船番はサンジで、ルフィやゾロがその日の宿に姿を見せないのはよくあることなので、皆然程心配はしていないだろう。
 海に向かい柵に凭れて酒瓶を呷るゾロと、腰掛けて足をぶらつかせるルフィ。どちらも暫く言葉がなく、飲み込まれそうな黒を眺めている。
 星は僅かに瞬くだけで、月のない新月。何物の光も届かない海は、タールのように静かに揺蕩っていた。
 生温い風が頬を撫でる。なのに、何故か背筋がぞくりと震えた。
 先程までの、サンジの痴態が脳裏に浮かぶ。ゾロに抱かれ、悦び、何度も昇りつめていた。蕩けた瞳と視線が合い、一瞬怯えたようにも見えたが、すぐに劣情に塗れて手を伸ばしてきた。
 ゾロに穿たれながら、吐き出すことなく中途半端なままだったルフィを口に含み、上からも下からも余すことなく飲み干していた。
 僅かに上目でこちらを伺った時の、目が。
 目の前に広がる海原のような色だと思った。深く深く、光の届かない深海の青は、きっとこんな黒い海なのではないか。
 眠るように気を失ったサンジに言い知れぬ違和感を抱きながら、それでもルフィは完全に拒絶されなかったことに深く安堵していた。
 
「なぁ、ゾロ」
 
 二人とも互いを見ることなく、海へ向いたまま。
 ルフィの声掛けに、ゾロは無言で続きを促す。
 
「お前、見えてたのか? 俺から生えてた……」
「あぁ、知ってた。だから見張ってた」
「知ってたんなら、」
「おめぇ、おれのこと見向きもしなかっただろ。アイツのことでいっぱいで、何も考えられなかった。違うか?」
 
そう言われて、確かにここしばらくはサンジを貪ることでいっぱいで、そのサンジからゾロの影を匂わされ、どんどん欲が、支配欲が強くなっていった気がする。
 自分以外誰にも見えていなかった物が、ゾロには見えていた。そしてルフィにしか知り得ない心の機微まで。
 
「ゾロ、もしかして」
「おれにも生えた。掌に種みたいのができて、そこから生きてるみてぇな蔦がな」
 
 ルフィはゾロに蔦を切ってもらった後、掌から根のような物がずるりと抜け落ちて、それはあっという間に風化して消えた。誰も見えないと言っていたように、初めから何も無かったかのように。掌にもなんの痕跡も残っていなかった。
 ゾロも以前から何度かそれが現れるようになり、他のクルーには見えない物だと気付き、妖刀でしか切り取れないのだと知った。妖の類かと疑ったが、それらしい気配もなくいつの間にか生えてくる。蠢く蔦自体に禍々しい気はなく、どちらかといえば、自身の欲に反応しているのだと気付いた。
 肉欲、支配欲、独占欲。むくむくと鎌首を擡げ始めると、比例するように活発に動き出し、蔓の先を伸ばす。
 欲の対象に向かって。
 妖刀三代鬼徹に反応するのだと分かってからは、それが現れる度に切り落としていた。それでも何度でも現れるのは、サンジを抱いてから数日のうちだということに辿り着く。
 サンジは最中、掌にキスをするのが好きだった。愛おしむように、甘く甘く、唇を押し付ける。痛みも違和感も何もなく、その時に何かをされていたとは思えなかったが、後にそこから蔦が生えてくるのだ。
 
「おれは鬼徹が落ち着かなかったから、蔦を排除し続けることがきた。完全に欲に飲まれることもなかった。だがお前がそれに気付けるか、抗えるか、わかんなかったからな」
 
 だから見張っていたのだと。
 二人の睦ごとを、事ある毎に。
 実際、それが功を奏したと言えばそうなのだが。
 
「お前、なんでサンジを抱いてやんなかったんだよ。アイツ、辛そうだった」
「おめぇが! 毎度アイツを抱き潰すからじゃねぇか。朝のあんな死にそうな顔見たら、手なんか出せるか」
「しょうがねぇだろ、足りない足りないって……ずっと、泣いてたんだよ」
 
 ゾロはサンジを気遣ったつもりが飢えさせ、ルフィは満たせと請われて限界まで与え続け、それがまたゾロをサンジから遠ざけることになって、とんでもない悪循環だった。
 だが、請われたからだけじゃない欲はやはり蔦が現れてからだと、今なら分かる。
 
「なんなんだよ、あのウネウネ」
 
 サンジが齎しているというのなら、彼から何か感じるのではないか。だがこれまで、サンジから妖や禍々しい気配は全くなかったし、何か変わったことなどなかった。
 抑圧された欲が、ゾロもルフィも欲しいと胸を焦がす想いが表層化したしただけ。
 
「アイツはきっと、元から何も変わっちゃいねぇんだろう。変わったとしたら多分、おれたちの方だ」
 
 欲望を隠すことなくぶつけるようになった男と、深い情で繋がり合った男。
 彼らとの均衡が僅かに崩れ、それはサンジさえも知らないものを目覚めたのかも知れない。
 
「船乗りの噂話で、海に気に入られた人間は海に愛される、ってのを聞いたことがある。死にかけるところを助けられるんだってよ。アイツはそういう経験があるんだろう?」
「遭難したって言ってたけどな。海に愛されるって?」
「海の上では、望むものが手に入るんだそうだ。本人の意思に関係なく、本人の知らないままに」
 
 ゾロが何を言わんとしているのか、少ない言葉からルフィにも理解できた。それは今まさに、サンジの状態そのものであったのだから。
 欲しい欲しいと心で叫び、それは知らずのうちに成就される。
 幻の拘束でゾロを、ルフィを絡め取り、自分に縛り付ける。まるで、サンジ自身が頑強な蔦のように二人を離すまいと、ウネウネと蠢いて翻弄する。
 
「変な気配なんかあるはずがねぇんだ。元々、サンジが持ってたものなんだから」
 
 サンジを構成する要素であったのだから、何をされても気付けるはずはなかったのだ。愛しさを込めたキスが、獲物を雁字搦めにする欲望の種を埋め込むものだなんて。サンジ自身にだって、分かっていないというのに。
 ゾロが柵の上に空の酒瓶を置いた音が、堅く澄んで耳に届いた。そして香ってくる慣れた匂い。
 振り返ると、キッチンの扉の前でサンジが紫煙を燻らせていた。手が口許を覆い、煙草を挟む指の隙間。そこから覗く、唇。
 
「それでもおれは、アイツを手離すつもりはねぇがな。もう間違わねぇ。あんな蔦生える隙もないくらい、満足させてやるよ」
 
 ゾロは、サンジを見つめながら強く言い放つ。まるで二人への宣戦布告かのように。
 
「俺だって」
 
 ルフィもサンジへ向き直り、その深い青を捉える。
 口で咥えられ、上目で見られた時の、言い知れぬ違和感。ちらりと隙間から見えたその口許が、唇が。今煙草を持つ指の間から見えている唇と、同じ形をしている。
 これまで見たことのない、蠱惑の笑み。
 引き摺られる、取り込まれる、動けなくなる。
 魅入られたのは自分たちの方だった。
 蜘蛛の巣にかかった蝶がバタつく元に、黒い海の目をしたサンジが近づいてくる。
 海に嫌われた悪魔の実の能力者が、海に愛された男に愛されるなんて。それって、なんて。
 
「俺だって、離してやるもんか」
 
 ルフィはゾクゾクと背筋を疼かせながら、煙草から口を離して笑うサンジと視線を合わせた。
 
 
 
end