33.手

2015年04月10日 09:33
 ふわりふわりと、頭を撫でられる心地好さにぼんやりと目を開ける。琥珀の入ったグラスと、見下ろしてくる同じ色。

「それ、オレの……」

 内から温まってから寝ようと、ノートにメモを取りながら、少し度の強い酒を舐めるように飲んでいた。
 それを自分よりも早いピッチで、でも彼にしてみればひどくのんびりと、珍しく味わうように飲んでいる。
 テーブルに俯せていて、この体勢ならノートを下敷きにしていただろうに、それはきちんと閉じられて傍にあり、ペンにもしっかりとキャップが嵌められていた。これらを避けられたことにも気付かないぐらい、深く寝入っていたようだ。
 身動ぐとずり、と肩から滑る毛布。頭にあった手がそれを丁寧に掛け直し、またふわりと頭へ戻る。
 飽きずに繰り返される手の動きに、またゆるゆると瞼が落ち始める。
 大きな手、温もり。
 懐かしい海の上での記憶と重なりながら、少しだけ違う、とも思う。小さな自分を慈しむように、嵐の夜は一晩中だってその手は動いていた。サンジにとってはとても大切な、忘れられない温もりと記憶。
 今、金糸を梳くように愛おしむこの手は、離したくないものだ。手放して、失くしたら、後悔しか残らない類の、危ういもの。
 じわりと浮かんだ涙に気付いているだろうが、何も言わずに頭を撫でている。

「……もっと」
「ん?」
「もっと、いっぱい…して……」

 温かくて、心地好い。
 胸が満たされる。
 再び眠りの淵に落ちる寸前、眦を硬い親指がなぞった。
 
 
 
end