30.妊婦さんの日

2015年04月10日 09:27
2/23妊婦さんの日。
 
 
 
 
 
結構混んでた。
 二人は特に会話もなく並んで座ってて、最初は他人同士かと思ったんだ。その前にはいかにもその席を狙っていそうなオッサンが立ってて、きっと次期に降りることを知っていたんだと思う。学生が多く乗り降りする駅に着いて、オッサンがソワソワし出した。
 だけど二人は動く気配がなくて、でもチラッと扉の方を見て、視線の先を追うと妊婦さんが乗り込んできたんだ。そうしたら金髪の男が笑って手を振って妊婦さんを手招きするから、狭い空間を大きなお腹を庇いながらなんとか進んでいく。
 手の届きそうな距離になったら隣にいた仏頂面の男が急に立ち上がった。オッサンが目の色を変えて空いた席に体を滑り込ませようとするのを、その男はがっしりとしたガタイで巧みにガードして、その隙に金髪の男が妊婦さんの手を引いて、自分は空いた席にスライドして、自分の座っていた席に妊婦さんを座らせたんだ。
 その流れるような一連の動作に、オッサンは口をパクパクさせてから舌打ちをして黙り込んだ。
 二駅ほど過ぎたらまた妊婦さんが乗り込んできて、どうやら彼女たちは知人らしくて、今度は金髪の男が立ち上がって席を譲った。

「次はいつ?」

 と金髪が妊婦さんたちに何かを確認している。

「そんな、いつもこんなにしてもらって悪いわ。とても助かって感謝しているの。ありがとう」
「別に方向一緒なんだから。それにね、コイツの姉さんがお腹大きかった時、ホントに大変だったの知ってるから。だから気にしないで」

 にこにこと人の良さそうな笑顔で話しかけていて、彼女たちもそれに安心するのだろう。次に乗り込む日付を教えていた。どうやら妊婦健診のある日らしい。
 次の駅で二人の男は降り、窓越しに妊婦さんたちと手を振り合って、彼女たちが車内に目を向けた瞬間、ダッシュでホームを駆け出す。連絡橋の階段を数段すっ飛ばす勢いで駆け上がって、姿が見えなくなって僅か、反対側のホームに停車していた電車に飛び込む様子が遠くに見えた。
 こちらも既に発車して動き出していたから、掠めるようにそれは見えなくなってしまったけど、なんだかすごくあったかい気持ちになった。
 それは席を譲ってもらった妊婦さんたちも同じようで、とても柔らかい表情で大きなお腹をさすっていた。
 
 
 
end