3.kiss

2015年04月07日 14:13
19ゾサで初々しいの書きたくなった結果、ものすごく乙女になったorz
 
 
 
 
 

 

 あいつに、キスをした。
 夜の中に陶磁器のような横顔が冴えて、金色の髪は海の色になって、同じ色の睫が伏せられていて。
 今思うと、キレイだったんだ、と。

 だから、キスをした。

 さらさらの髪に手を入れると、ビクリと震えたのが伝わってくる。だからその時それでやめておけば良かったのに、どうしてかそれがスイッチみたいになって、止められなかった。
 髪に入れた手で頭を押さえて、逃げられないようにして、驚きで少し開いた唇に食いついた。
 普段よく喋るその口は強張りピクリともしなかったけれど、下唇は見た目通りに柔らかく適度な弾力もあって、どういっていいのか、美味いと感じた。
 訳が分からないと言ったように見開かれた右目は、夜の闇の中にあっても変わらない空色で、微かに揺れている。いつもは金の髪束に隠れていてついぞ拝んだことのない左目が、髪の隙間からチラリと見えた。光っていたから、気付いたのだろうか。
 その瞳に咎められているような気がして、急に後ろめたい想いが全身に広がり、半ば突き飛ばすようにして体を離した。
 何を言われるのか、どんな表情をしているのか見るのが怖くて、顔を背けたまま足早に・・・逃げた。

 あいつに、キスをした。

 それを後悔しているのかどうか、正直全く分からない。キスをして良かったとも、しなければ良かったとも、どちらも違う気がする。
 ただ、触れたいと思った。
 たったそれだけの衝動。
 あいつはおれを見なくなった。それとなく避けているのが分かる。やらかして、逃げた、卑怯者のおれに対する態度としては当然かも知れない。
 時々手の甲で口許を拭っている後ろ姿を見る。抑えられなかった衝動をあいつに刻み付けてしまった罪悪感。
 謝罪は妥当ではない気がする。なら、何をしてやればいいだろう。
 このまま何もしない方がいいのか?
 後ろから、ただ見ているだけだ。
 おれはこんなにも何もできない男だったのか。びっくりだ。
 また、あいつが口を拭う。その姿を後ろから見たのは何度目だろう。
 柔らかな風がそよぎ、金の髪をふわりと舞い上げる。耳と首筋、項までが一瞬晒される。それはいつもの乳白色の肌ではなく、何と言うか、ほんのりとピンクに色付いている。耳に至っては驚くほど真っ赤だ。
 拭って口許にあった手は、いつの間にか指先が唇をなぞっている。その仕草に見入ってしまい、動けなくなった。
 気配に気付いたのか、あいつが振り返る。
 正面からその顔を見て、あの衝動が愛しいという感情だと知った。



 * * * * *



 あいつが、キスをした。

 煙草を咥えようと下を向いた時、あいつの手が髪に触れた。滑り込むような優しい手つきに驚いて、少し震えた。何が起こっているのか分からなくて、顔を上げようとしたら後頭部を押さえられ、目の前にあいつの顔が近付いてきてた。

 あ、やばい。

 そう思った時にはもう、覆われるように口を塞がれていた。途端に感じる熱さ。
 合わせられた唇から、口内に籠る息から、鼻から僅かに漏れる息から、くっと力が入る頭を押さえる指先から、熱が伝わってくる。一瞬で頭の芯まで焼き尽くす灼熱に身動きできず、閉じるタイミングを失った視界だけがぐらぐら揺れた。
 夜の青さと、あまりにもな近さであいつの表情なんて見えないのに、揺れる視界の中で琥珀色の光だけがふんわりとオレに向いているのが分かる。
 舌が、あいつの舌が、そっと下唇の裏側をなぞった、気がした。本当にささやかな動きだったけれど、その舌先が一番熱く感じて、おれは自分の目が潤むのが分かってしまった。

 熱い、やばい、どうしよう。

 視界がぶわっと歪むのと、頭を押さえていた手が緩むのと、少し強めの力で肩を突かれて唇が離れるのとが、同時だった。あいつは顔を背けたまま、行ってしまった。
 多分、オレのことは見ていない、はず。
 見られなくて良かった。暗くて良かった。
 オレの眦からは熱い涙が流れていたから。

 あいつが、キスをした。

 どうしよう、オレ、おかしい。あいつをまともに見られなくなった。あいつ、何であんなことしたんだ。
 思い出したら自分でも分かるくらい顔に、きっと全身に、熱を持つ。何のつもりだと問いつめればいいのに、できないでいる。
 何を言われるのか、何を言われても、怖いから。

 何でオレが。何で。何でこんな想い。
 しなくちゃならないんだ……!

 気が付けばそのことばかり考えている自分に腹がたつし、思い出したら熱くなる自分がイヤになるし、その度にジンジンと痺れる唇もどうにかしたくて、手の甲でゴシゴシ擦ってしまう。だけどそうする程に唇は熱を上げて、オレの思考を奪っていく。
 何も考えられなくて泣きたくなる。
 どうしようもなくて、あいつが刹那に触れた下唇を指先で辿った。拭うのではなく、そっと、あいつの舌先がしたように。
 そうしたら、答えは至極単純なものだったと分かった。
 あいつが何のつもりだったのか、なんてもう関係ないんだ。オレが、あの時の、あの熱が欲しいんだ。
 あれはきっと、本物。

 どうしよう。後ろからあいつが見ている。
 オレは今、どんな顔をしているんだろう。

 でも答えに辿り着いたオレはきっと、そう悪い顔はしていないんじゃないかな。
 振り返ってあいつに見せてやれる程度には。



end