20.救急外来

2015年04月07日 14:56
弱ゾロを見たくなった。





 さほど多くはない口数が更に少なくなっていて、なんとなく「あれ?」と思った。眉を顰めて嫌がるのを無言で制圧し、体温を測ると案の定だ。
 嫌がるマスクを装着させ、引きずるようにして救急外来へやってきた。熱を出すのは大抵休日か深夜帯だ。こどもか。
 オレだってマスクは好きじゃない。息苦しいし。
 時間外受付で熱があることを伝えると、発熱患者用の狭い待合室に通された。幸い他に人がいないから、怠そうに持て余している大きな子供みたいな体を引き寄せる。
 ゾロの頭を抑えて肩に押しつけてやると、素直に凭れかかってきた。浅い呼吸は熱のせいだけではなさそうで、マスクを下にずらしてやると心なしか少し落ち着いたようにも思う。 
 滅多にしない高熱が、ちょっとやそっとではくたばらないはずのゾロを弱らせているのかと思うと、コイツも人間だったんだなぁと危機感のないことを考えてしまう。だって拒否しないし、素直だし、何と言っても目が怖くない。
 いや、オレは怖いと思ったことはないが、子供を泣かせたことはあるくらいの目つきの悪さだ。それが今、熱に蕩けてなんとも頼りなく揺らめいている。焦点が合いにくいらしく、ボーッと一点を見ている様は何とも抱きしめて守ってやりたくなる。
 いつも尊大な態度でふんぞり返っているこの男が、こんなにも無防備であるということが堪らない。そんな風に思うのは不謹慎だと分かっているし、辛いのだろうから可哀想だとも思う。だけど、こうして全身を預けてくる重みが胸を締め付けるのだ。
 肩に乗っていた頭がずるずると落ちてくる。慌てて抑えようとしたら「辛ェ」と小さく零して腿の上に収まった。
 初めて口にした弱音。
 体を横にしたことで少し落ち着いたのか、それきり動かず荒い息遣いだけが狭い部屋に響く。汗ばんだ短髪を撫で付けていると、手を取られて頬ずりされた。ジンジンと痺れるような熱が伝わってくる。
 けれどゾロの顔は気持ち良さそうだ。いつも冷たいと言われる指先が、こんなところで役に立つなんて。
 堪らなくなって、屈み込んでマスク越しにキスをした。それからふにふにと唇を摘む。弱った獣もかわいいけど、抱きしめても味気ない。ぎゅーっとしたらぎゅーって返ってくるのがいい。

「早く治せ」
「…おぅ」

 熱に浮かされたまま、少しだけ笑っていた。 
 
 
 
end