2015年04月10日 09:39
タグで本出すならどんなお話読みたいか、というのに「人外もので薄暗くてハッピーエンド」とリク頂いたもの。
どうしてこうなったとめっちゃ言われた。タイトルに裏切られたらしい。ふふ。
クラスメートが北海道旅行のお土産だと言って、いつも遊ぶ仲の良い数人に買ってきてくれたのは、手のひらサイズの瓶に詰められた小さなまりもだった。数個ある中で違いといえば、瓶の蓋の色が違うことくらいか。
チビナスは迷わず黄色の蓋を選んだ。好きな色、というだけではない。誰も、その不思議な光景に気づいていなかったからだ。
みんなから瓶の中身を隠すように、チビナスは家路を急いだ。
自室の机の上に瓶を置くと、じーっと中を覗き込む。どうしてみんなにはこれが見えていなかったんだろう。
瓶の中、まりもを枕にして眠る、小さな小さな……人?まりもみたいな緑色の着物のようなものを着て、緑色の腹巻をして、緑色の髪の毛。顔、目のところに、傷?
恐る恐る、瓶を指先で叩いてみる。何も反応がない。
あんなに振って走ってきたのに目を覚まさないということは、もしかして死んでいるのだろうか。
確認したくなって、黄色の蓋を開けてみる。水面がゆらゆらと揺蕩う中に、相変わらず目を閉じたままの、これはまりもの妖精、なのか?
チビナスは瓶の中身のものが生きているのか死んでいるのか、確かめるために人差し指を水の中にゆっくりと入れた。少しずつ距離を詰め、指先は緑色の頭へ。
つん、と一突き。
枕にしているまりもと一緒に、ふわりと揺らぐ。
動かない。
もう一度突く。
何もない。
やはりこれは死んでいて、妖精の屍体なのかとがっかりする。せっかく珍しいものを手に入れたから、大事に飼おうと思っていたのに。
だけど、妖精の屍体だってものすごく珍しい。これはこれで、とても貴重なものなのでは?
チビナスは台所へ移動しザルを持ち出すと、シンクの上で瓶の中身を空けた。流れ出る水とともにつるんと滑り出る小さな体。それがザルの目に引っかかって完全に水から抜け出ると、急にムクムクと膨らみ始めた。
「うわぁ!」
あっという間にシンクいっぱいになり、どんどんはみ出していく。
チビナスは最初の一声こそ発したものの、あとは驚きと何が起こっているのかわからない恐怖で声が出ない。食卓の足元に腰を抜かしたようにへたり込み、口をパクパクとしたまま動けずにいる。
その間も妖精の屍体だったものは大きくなる一方だ。見上げるシンクからは黒いブーツがぶら下がり、やがてそこに腰掛けるように一人の大きな男が完成した。格好は瓶の中にいた時と変わらない。
ただ、小さくてよく見えなかった腰の刀が、人間の大きさになるとひどく物騒な存在感を放っている。しかも3本もあるのだ。
人間の大きさとはいえ、チビナスからしてみればとても巨大で、恰幅のいい祖父と同じくらいあるのではないかと思われた。顔についていた傷は片目を潰していたらしく、見下ろす金の目はひとつきりだ。
妖精は死んでいなかったらしい。だが到底妖精とは言い難いものに変化してしまった。
訳がわからないままチビナスは、シンクから降りてきた男が近付くに任せている。体が動かないから仕方ないのだ。ゴツ、と硬く重い音が響く。逆光になって、顔がよく見えなくなる。
きっと、腰の刀で斬られるんだ。妖精にいたずらしたから、殺されてしまうんだ。
そう覚悟してぎゅっと目を瞑ると、頭上で柔らかく息を吐く音が聞こえ、ふわりと体が浮き上がった。思わず目を開けると軽々と持ち上げられ、片腕に抱きとめられている現状に目を白黒させる。少しだけ目線が男よりも上だ。
大きさと風体から恐怖を感じていたが、自分を見上げる金の隻眼は優しいと感じる。
「これが、お前が望んだ夢か」
低い、落ち着いた声。
どこかで聞いたことがある気がする。
「そろそろ時間だ。帰ってこい」
言うなり男は、チビナスの小さな唇を噛みつくように覆い尽くした。
くらりと視界が回る。
とろりと思考が溶ける。
消える。
立ち寄った島で手に入れた飴玉は、ほんの少しだけ夢を見せてくれるというものだった。
経験したことのない、失った時間。
黄色い蓋の瓶に入った緑色の飴玉を口にすると、サンジはすぐに睡魔に襲われた。噛み砕くとあっという間に夢の中だった。
そこは見たことのない世界で、サンジは子供だった。ちょうど遭難する前に客船で見習いをしていた頃と同じくらいの。
サンジには同い年の友人かたくさんいて、毎日彼らと学び、日が暮れるまで遊んだ。何をして遊んだかなんてさっぱり覚えていないが、とても楽しかったのは覚えている。
現実の世界では成し得なかった、違った人生。ささやかな幸せを、その飴玉は見せてくれる。
楽しい夢は冷めることを知らないから、呼び戻す人が必要だと説明書には書いてあった。飴を口にして眠った人物を呼び戻すには、傍で手を握って一緒に眠るのだという。
ゆっくり瞼を上げたサンジの視界には、自分の手を握って眠るまりもの妖精がいた。思わず吹き出してしまう。
「どこに行っても、お前はまりもなんだなぁ」
そんな独り言が聞こえたのかどうか。
ゾロも目を覚ました。顔を上げないまま、握っている手をやわやわと揉み出す。
二人食堂のテーブルに伏したまま見つめ合い、手を握ったままの状況に、普段ならうすら寒さや気恥ずかしさなんかが湧き出てくるのだが。
暖かな夢を見たせいか、なんとなくこうしているのが心地好いと感じる。
「……お前も食ってみるか? まりもの飴」
「いらねぇ。夢の中じゃちっせぇ口で、かわいかったがちと物足りなくてな。ちゃんとしたの食わせろ」
オヤジ臭い物言いだが心が満たされたせいか、ちょっとくらいならいうことを聞いてやってもいいかな、という気持になる。
サンジはゆっくりと、ゾロに自分の唇を重ねた。
end