1.黒い翼(約1300字)

2015年04月07日 17:11
 オレの傍には死神がいる。

 そいつはオレのイノチの力が弱くなってくると、どこからともなく現れる。
 初めて見たのは、クソジジィと一緒に遭難した時だ。食料もなく、水だけでイノチを繋いでいたあの時。
 絶望の中で目の前が暗くなりかけた視界に、音もなく人影が現れた。助けが来たのかと一瞬喜んだオレは、すぐに違うことに気付いた。
 光を背負うように立つ人影には、大きく広げた翼があった。

 ああ、やっぱりオレは死ぬんだ、と覚悟を決めた。
 天使が迎えにきたのだ、と。

 そいつはオレに手を伸ばしかけ、不意にやめた。チッと小さく舌打ちをし、また音もなく姿を消した。
 天使が消えてしまったことに呆然としていると、遠くから船の音が聞こえた。こちらへやって来るようだ。

 なんだ、助かったんだ。
 そうか、天使が助けてくれたんだ。

 オレはそう思っていた。
 それ以降もイノチが消え入りそうになる度、そいつは音もなく現れた。
 これまで影でしかなかったが、何度も目にするうちに徐々にその姿形を確認することができた。
 金色っぽく光る目は細く鋭く、目の下には濃い隈があり凡そ天使らしくない。刺青の入った手で押さえた口元は笑うと片方がつり上がるだけで笑顔とは言えず、顎にはヒゲを小さく貯えていた。それらは天使のイメージとは程遠く、無造作に跳ねた黒髪と、それと同じ色をした艶のある大きな羽と翼。
 そこまで視認できるようになって、漸くそいつが天使なんかじゃないことを悟った。
 オレが息も絶え絶えに死を意識した途端現れる、そいつは死神だった。
 決して声を出さず、オレがイノチの危機を脱すると舌打ちをして消えていく。でも消える間際、そいつの口は残忍な形に歪んで笑うんだ。
 死神はオレのイノチを狩りに来ていたんだ。肉体からイノチが離れるその瞬間を狙い、いつも手にしているあの大きな剣で完全に切り離そうとしているんだ。
 でもオレはそれを恐ろしいと思わなくなった。

 シャボンディのヒューマンショップでアイツを見た時、夢と現実が入り交じったような妙な感覚だった。
 金色の目がこちらを見てニヤリと笑ったとき、射(い)殺されたかと思う程の衝撃と同時に、果てしない陶酔感にも襲われた。黒い大きな翼はなかったが、それ以外は全部今まで死の淵で見てきたそいつの姿と変わらず、オレはとうとう本物の死を前にしているのだと感じた。
 アイツが口を開き声を発した時、その声色にゾクゾクとした。

 ああ、こんな声をしていたんだ。

 声を聞く度にえも言われぬ快感がオレを支配した。
 あれから二年だ。オレとアイツは再び出会った。
 二年前見えなかった黒い翼が、今はアイツの背に見える。ピタリと閉じているそれはどうやらオレにしか見えていないらしい。翼について誰も何も言わないのはそう言うことだろう。
 でもそれでいい。あの黒く艶めく翼はオレのためのものだ。
 翼は日を追う毎に少しずつ開かれていく。あれが大きく開ききったら、オレは漸く死ねるんだ。
 死を刻んだその手がオレの首にかけられ、アイツはその翼で飛び立つんだ。

 ああ、ゾクゾクするよ。
 早くオレを殺してくれ、ロー。



end