1.【船大工】うたうコック(約1900字)

2015年04月16日 08:01
フランキー誕生日2014
サンジはなんかいっつもタバコ咥えて鼻唄歌ってるイメージ。
 
 
 
 
 
 うちの海賊一味のコックは、金髪のキレイな兄ちゃんだ。
 キレイなんて言葉で表すと本人は烈火の如く怒り出すが、実際そう思うのだから仕方がない。見目にそぐわぬ乱暴な言葉遣いや、生身から繰り出しているとは思えない凶暴な足技を目の当たりにしても、この兄ちゃんはキレイだと思う。
 本人も憚らず豪語するオンナ至上主義であるが、そのオンナを凌ぐ程の色気を見せるときがある。本人はおそらく自覚無しなんだろうが。
 コックの兄ちゃんはどうやら歌が好きなようで、始終歌っている。その、歌っているときが一番色っぽいと感じる。
 普段の話し声よりも若干高めの声音で、滑らかに紡ぐメロディーは様々だ。はっきりと歌詞のあるモノを口の中で呟くように歌ったり、歌詞が分からなくなって鼻にかけて奏でてみたり。
 それは兄ちゃんの本分である料理中はもちろん、食材の選別、下ごしらえ、皿洗い、洗濯、一服するときでさえ鼻歌を欠かさない。
 フライパンを振るときはノリのいい曲、ナイフを扱うときは軽くリズミカルに、静かに鍋をかき回すときはメロウなモノ、たまに足でリズムをとっていたりもする。まるでひとつひとつの動作に決まった曲があるかのように歌い続けている。
 以前航海士が言っていたことがあったな。
 
「サンジ君、今日は何だか機嫌がいいのね。鼻歌なんか歌っちゃって」
 
 俺は不思議に思って聞き返すと、兄ちゃんが歌っているところを見たことがないんだとか。盛大に首を傾げた俺に、傍にいた考古学者や船医も航海士に同意していた。
 そんなに貴重なモンだったのか、あの歌声は。
 ただ、機嫌のいいときだけの楽し気な歌だけじゃないことも実は知っている。悔しい、悲しい、怒りや憤り、そういったぶつけようのない遣り切れない感情を抱えた時に、人の来ない船尾で煙草をふかしながら小さく歌っているのを知っている。
 それは負の感情を押し込めるようなものじゃなく、浄化、昇華させるような静かな歌だ。
 俺はこうして金髪兄ちゃんの歌う姿に散々ありつけているんだが、どうして他の奴らはそうじゃないのか。もしかして俺だけの特権かとなんとなく得した気分になりかけたが、よくよく見ていると何となく法則のようなものがわかった。
 歌っている時に近付く者が現れると、歌が止まる。「どうした」とか「何か飲むか」と話しかける。
 それが俺や骨の音楽家だと歌は止まらず、空色の眼でチラリとこっちに目配せをする。要求を伝えると笑顔で返事をする。それがとても自然な動きで、どうしてこうも対応に違いが出るのかと思う。
 そういえば、幼い頃から海に出るつい最近まで、ずっと大人の中で生きていたと聞いたな。
 あぁ、きっと安心感なんだろう。俺自身もいっとき、年上に守られる安心感を得ていたことがあった。
 ただ年近い兄貴分もいた俺とは違い、同年代のいないなかで成長したせいで年上に対して、しかも仲間という安心感でガードが緩くなるのか。
 考古学者に対してはきっと、無意識の内に年齢の枠を取っ払ってオンナに対しての扱いになってしまうのかも知れない。そうこう考えていると、自分がこのキレイな兄ちゃんに少しでも心許されているのかと嬉しくなる。
 ひとつ分からないのは、緑の剣士は兄ちゃんと同い年だと聞いた。寄ると触るとケンカばっかりしてるってのに、なんでか俺と同じように年上枠に収まって歌を聴ける貴重なポジションを得ている。
 理由が分からなくてなんかちょっと面白くないと思っていたが、ひょんなことで分かってしまった。
 深夜のキッチンに灯がともっているのを見つけ、行けば兄ちゃんの歌が子守唄がわりになるんじゃないかと淡い期待を持って扉の前まで歩を進めてみた。
 中からは案の定軽やかな歌声が聞こえたが、なんだかいつもとちょっと違う声音に入るのを躊躇った。なんというか、昼間聴くのとは違う少し艶のある歌声。
 丸窓からそっと覗いてみたら、キッチンに立つ金髪コックの兄ちゃんの向かいに、カウンターで酒を飲む緑の剣士。ヤツも兄ちゃんの歌に耳を澄ませているようだった。
 兄ちゃんの方は歌いながら何やら大きなものを製作中だ。歌っているのはバースデーソング?ああ、作っているのはケーキか。そういや明日は宴だと船長が言っていたな。この年で誕生日を祝ってもらうのもくすぐってえが、こういう催しは悪いもんじゃねえ。
 そうかこんな時間まで準備してくれてるんなら、かえって邪魔しない方がいいだろう。気になっていた剣士が何故あのポジションについているのかは、二人の間の空気を見れば一目瞭然だったし、兄ちゃんの歌声が何よりも雄弁に語っていた。
 そもそも、ホントにいい年して嫉妬めいた感情を僅かでも持ってしまった自分になんだか自己嫌悪だ。
 なんだ、嫉妬って。
 アホか、俺は。
 まあ、なんだ、アレだ。
 若いってのはいいねぇ。
 
 
 
 
end